2015年10月13日

乳がんスクリーニングは効果があるか vol.3

女性芸能人の一人がご自身の乳がんに関する情報を明らかにし、乳がんに対する社会的関心は高まっているように思います。

乳がん検診に関しては、私自身いくつか記事を書きましたが、あらためて検診(スクリーニング)の有効性、社会的インパクトなどに関してまとめたいと思います。

(乳がんスクリーニングは効果があるかVol)

(乳がんスクリーニングは効果があるかVol2

(「乳がん検診、TBSに医師らが中止要望」はどんな意味があるが)

折しも、米国予防医療サービス専門作業部会US Preventive Services Task Force:以下「USPSTF」)が、乳がんスクリーニングに関して、20154月に改定を出したところです。

USPSTFは、世界中の乳がん検診における有効性に関する論文を精査し、定期的に改定を出しています。というのも、乳がん検診における有効性(マスとして死亡率をどの程度低下させるか)、また、有効だったらどのようなスクリーニング手段が良いか、また、そのスクリーニング検査によって引き起こされる負のリスク(疑陽性率など)が、完全に解明されていないためです。
最も大きな影響を世界の乳がん検診政策に与えたものの一つが、2009年のガイドライン改定です。前述した記事にもありますが、それまでは有効性が高いとされていた、40歳代のマンモグラフィによる乳がん検診が、費用効果的に高くなく、国民全体に対する検診スクリーニングとしては推奨されない、というのが大きな改訂のポイントでした。マンモグラフィによる検診頻度も、12年に1回から、2年に一度に変更されたことも、世界の医学会に大きなインパクトを与えました。

今回の20154月の改定はさらに厳しいものとなっています。要約すると、「5074歳のマンモグラフィによる、2年に1度の検診を勧奨する」というもので、今まで全体スクリーニングの対象となってきた4049歳の女性に関しては、自己判断で検査を受けるべきとしています。その背景としては、現在までのエビデンスの見直しがあります。

概要は以下の通りです。
1. マンモグラフィが、3969歳までの乳がんによる死亡率を減少させたというエビデンスは不十分。
2. マンモグラフィによる疑陽性(本当は乳がんでないのに乳がん疑いとして判定される事)、さらなる画像検査を要することは少なくない。
3. 医師による視触診ならびに自己チェックによる利点は示されていない。


我が国では、年間約89千人が新しく乳がんにかかっています。そして、平成25年厚生労働省の統計によれば、約1.3万人(10.5/100,000)が乳がんにより死亡しています。
どういった原因で乳がんにかかるのかは、全て解明されてはいませんが、遺伝、人種、生活習慣、妊娠出産の有無などがかかわっているといわれています。

日本では、がん検診という制度があり、この歴史は昭和30年代にさかのぼります。前述した米国の動きなどから国はその制度の見直しを始めており、平成279月には、「がん検診の在り方に関する検討会中間報告書~乳がん検診および胃がん検診の検診項目などについて~」をまとめています。
厚労省の乳がん検診項目に関する提言としては、以下の通りです

1. マンモグラフィによる検診を原則とする
2. 視触診については死亡率減少効果が十分ではなく、精度管理の問題もあることから推奨しない。仮に視触診を実施する場合は、マンモグラフィと併用することとする。
3. 超音波検査については、特に高濃度乳腺の者に対して、マンモグラフィと併用した場合、マンモグラフィ単独検査に比べて感度及びがん発見率が優れているという研究結果が得られており、将来的に対策型検診として導入される可能性がある。しかしながら、死亡率減少の効果や検診の実施体制、特異度が低下するといった不利益を最小化するための対策などについて、引き続き検証していく必要がある。
4. 対象年齢:40歳以上とする
5. 検診間隔:2年に1度とする

今まで論じたように、乳がん検診に関しては、「できるだけ早い年齢から年に一度の検診」から、「限られた年齢層をターゲットとした、きめられたスクリーニングツールでの検診」という流れに変わっています。
がん検診(スクリーニング)は、国や地方自治体の税収、すなわち、私たちの税金で賄われます。それ故、全体として費用対効果がない検査を導入するのは、意味がありません。また、マンモグラフィによる乳がん検診で永らく指摘されているのは、その疑陽性率の高さです。
もし、若い年代に、間違って「乳がん疑い」と診断されれば、たとえのちに乳がんでないと判明したとしても、それが判明する間、大きな不安を持って待つことになります。また、次の年も、「もしかしたら、乳がんが発生しているかもしれない」といった不安が大きくなり、その精神的影響は大です。

日本のがん登録制度は、欧米の大規模コホートなどと比較するとその網羅性から、信頼度が低いと言われています。このがん登録制度を充実させることは不可欠です。また、今まで、法に基づいて行われてきた、健康診断(がん検診も含む)におけるデータは、世界に類を見ない包括的なものです。こうしたメガデータを活用し、未だ答えが出ていない、「乳がん検診はやったほうが良いのか。そうであれば、どんな人にどういったやり方で行うのか」という命題に大きく貢献することになります。

国は、こうしたデータの開示を速やかに行うとともに、世界中の研究者に解析できる環境を提供させることが必要です。それがひいては、国民個人の利益につながるのですから。

2015年10月7日

オンコセルカ感染症とイベルメクチン

昨日、大村教授がノーベル医学生理学賞を受賞しました。オンコセルカ症は日本ではなじみのない寄生虫疾患ですが、その治療薬であるイベルメクチンの果たした役割を中心に論じでいきたいと思います。

オンコセルカ症は、Onchoceca volulus感染したブユに刺されることによってヒトにうつります。オンコセルカ症の99%はサハラ以南アフリカ(31か国)で発生しています。また、ラテンアメリカやイエメンでも症例がみられます。“河川盲症(River blind)”ともよばれ、川岸でブユに刺されて感染し、失明することがあります。オンコセルカ症の患者は年間1800万人といわれ、そのうち27人が失明すると報告されています。特に、途上国の子どもの失明原因として、重要な疾患です。


オンコセルカ症には有効なワクチンも予防法もありません。このため、WHO(世界保健機関)1974年から2002年にかけてアフリカ地域オンコセルカ制圧活動を行いました。この結果、4000万人がこの病気から救われ、60万の失明を防いだとされています。特に、1800万人の新生児失明を未然に防いだインパクトは大きく評価されています。

この制圧活動に大きな役割を占めたのが、イベルメクチンです。イベルメクチンの発明まで、制圧活動は寄生虫駆除のための殺虫剤空中散布でした。これは人体にも影響があることは明らかです。こうした人体への影響をほとんど心配することなしに、オンコセルカ症の治療ができるようになったことは、いかに大きなインパクトを与えたかは想像に難くありません。こうしたイベルメクチンの効用は患者を治すだけにとどまりません。
殺虫剤散布で汚染されるところだった、2500ヘクタールの農地が救われ、1700万人を飢えから救ったのです。

世界中には、多くの感染症があり、人々を苦しめています。マラリア、結核、HIV/AIDSWHOが最も重要視している疾患といえるでしょう。しかしながら、これらの三大感染症以外にも、多くの感染症が途上国に住む人たちの大きな問題です。これら、あまり注目されない感染症は、NTD(Neglected tropical Diseases)と呼ばれます。

NTDはその症例数や広がりにおいて、マラリアなどよりはインパクトが低いと評価されがちですが、今回のオンコセルカ症のように、生まれながらの見えない子どもたちを増加させる重要な疾患ばかりです。

2015年、ゲーツ&メリンダ財団は、オンコセルカ症を含む寄生虫疾患対策の重要性を書面でWHOに対して強調しています。

疾病コントロールには、予防のツールである予防薬やワクチン、また治療薬の開発が必要です。製薬会社は、高血圧や糖尿病といった、費用対効果が目に見えてすぐれている薬剤に目を向けがちです。しかし、イベルメクチンのように、長期的に見た場合、その地球規模でのインパクトが大きい疾患に対して、力を注いでほしいと思います。