2014年10月28日

エボラ出血熱~感染症危機管理の立場から~(3)

10月27日、リベリアから羽田空港に到着したジャーナリストがエボラ出血熱疑いで、指定医療機関に入院となりました。

簡易検査の結果、陰性でしたが、エボラ出血熱が対岸の火事ではなく、何時日本に
入ってきてもおかしくないことを明確に示すことになりました。

また、それだけではなく、今回のケースは重要な課題を提示しています。

それは、ジャーナリストやNPO関係者に関してです。

今、エボラ流行国には、現地報道をするための多くのジャーナリスト、そして、医療活動を行うためのNPO関連の人たちが入国しています。

特に、政府や国連関係者が入り込めない地域については、こうしたNPOの人たちの活
動が大きな成果を生んでいます。また、流行国の現状は、実際現地取材でしかわかりえない事も多くあります。

しかしながら、彼らたちのエボラ出血熱に対する防御は決して十分なものとは言えないのが現状です。

例えばジャーナリストの中には、エボラ出血熱に対する防御を、取材の妨げになるといって回避する事もあります。

また、NPOの人たちは、感染リスクの大きさを理解しながらも、敢えて危険を冒さなければならないことも十分考えられます。

問題なのは、こうした人達が、感染を拡大する要因の一つになってしまう可能性があることです。報道の自由、有用性、現地での医療活動の重要性は非常に大きいものですが、それを超えるリスクがどの程度存在するのか、そのリスクを回避するためには、規制が必要なのか、もしそうであれば、どの程度か、といったことも含めて様々な角度からの国際的な議論が必要な時だと思います。

WHOが警告する通り、感染症は新たな脅威として私たちの前に立ちはだかっています。この脅威に対抗するためには、世界がその脅威を重大な危機として受け止め、協調することが不可欠です。

今回、ジャーナリストという感染リスクの高い疑い例を出した日本こそ、そのイニシアティブを取る、国際的責任があると思います。

2014年10月15日

エボラ出血熱~感染症危機管理の立場から~(2)


 前回は、病気の症状、治療、予防に関して書きましたが、今回は、エボラ出血熱に対して、国としてどのように対応すべきなのかを論じることにします。
 大きな命題として、“我が国のエボラ熱対策に問題があるかどうか”という事があげられます。それに対しては、「非常に問題がある」と言わざるを得ません。感染症専門家の不足、感染症病棟の不足、水際対策の不徹底、など、様々な問題点が指摘されていますが、最も大きな欠陥として、「我が国には危機管理の概念がない」という事だと思います。言い換えれば、「平時」と「有事」の区別ができていないという事です。具体的にどういうことなのか書いてゆきます。
 エボラ出血熱をはじめとする感染症は、感染症法という法律で規制されています。感染症の中で、我が国に通常存在しないものに関しては、外来感染症として検疫法でも縛られています。エボラ出血熱の場合、感染症法では感染症類型1に、また、検疫法では一塁感染症に位置づけられています。これは厚労行政において、どのような意味を持つのかといえば、検疫感染症が外国で発生している場合は、検疫所、すなわち厚生労働省が主体となって、その対策に当たるという事です。もっとわかりやすく言えば、検疫官が防護服に身を包んで、サーモグラフィーという表面温度をはかり、「水際で食いとめ、国内には絶対に入れない」とする対策です。
 しかし、感染症には潜伏期間があり、空港で食い止めることは不可能です。14~15世紀に世界的に大流行したペストの際、イタリアの海岸線で、流行地から来た船を40日間停めおきましたが、ペストから逃れた国はありませんでした。船が主要な運輸手段であったペストの時代、感染症の流行が起こると、次の流行が起こるまで、4,5日の猶予がありました。ところが今や航空機が主流ですから、48時間以内に世界中に移動できます。このような状況で、感染症を水際で防ぐという事が、いかに困難かという事がおわかりになると思います。
 当然、検疫をすりぬけ、国内発生が起こるわけですが、ここでの主体は、厚生労働省ではなく、地方自治体になります。それは、国内では検疫法は適応されず、感染症法に法って、地方自治体が主導となるからです。代々木公園でのデング熱発生の際、防護服を着用して消毒作業を行っていたのは、東京都の職員というのが、わかりやすい例でしょう。
 繰り返しますが、エボラ出血熱には潜伏期がありますから、検疫所に黄色のテープを張って食い止めるというのは限界があります。もしひとたび国内で発生すれば、非常に大きな問題となります。国内の問題にとどまらず、国際的にも大きな問題となるからです。観光客の減少などで経済にも影響する可能性があります。
 エボラ出血の様に感染力も強く、致死率も高く、(今回の流行では49%)、確立された治療法も予防法もない感染症が発生したら、国家の危機といえる状況を引き起こしかねません。ところが、こうした不測の事態に対応する現状は、国外法(検疫法)と国内法(感染症法)という縦割り行政であり、一元化された危機管理体制にはほど遠いものです。水際対策の重点化を進めるよりも、感染症を“国家危機”の一つととらえ、系統だった指令体系を構築することが最も重要です。

 私たちは近頃、新型インフルエンザ(2009年)流行を経験しました。WHOからも非難された水際作戦を見なおし、国民を真に健康被害から守るという、厚労省本来の役割を遂行すべき時であると考えます。

2014年10月14日

エボラ出血熱~感染症危機管理の立場から~(1)

今回の記事は、世界の脅威となっている感染症の一つ、エボラ出血熱に関してです。
エボラ出血熱は1976年以降、2,3年刻みで流行しています。2014年にも流行が起こり、9月 28 日までに、7,157 名の患者(疑い例も含む。うち 3,330名死亡。)が報告されています。2013年にギニアで2歳の男の子が発症しました。直後に家族が死亡し、それ以降周辺地域で感染が拡大し、5月がシエラレオネ、6月にはリベリアに感染が広がりました。そして、航空機を利用した感染者により、7月にはナイジェリアに波及しました。また、今般、米国において、リベリアからの到着4日後に発症し、エボラ出血熱であることが診断された患者が1名死亡しています。
 エボラ出血熱とは、1976年、スーダンとザイールで初発例が確認された、ウイルスによる感染症です。この病気を引き起こすのはエボラウイルスです。エボラウイルスは、RNAウイルスで、エンベロープ(外套)を持っているため、アルコールや石鹸による消毒が容易にできます。また次亜塩素酸も有効です。一方、人間の体の外に出ても数日間生きながらえる、寿命の長いウイルスです。
エボラウイルスに感染すると、潜伏期と呼ばれる、症状が出ない時期が221日あり、発熱、頭痛などの風邪と同様の症状が出てきます。その後、吐き気、発疹などが出て、急速に症状が悪化します。口や鼻などの粘膜からはじまって、全身から出血し、臓器の働きが悪くなって(多臓器不全)、最悪の場合死に至ります。致死率は、5090%と報告されています。ただし、今回のエボラ出血熱では、過去の流行と比較して、47%という高めの生存率となっています。
エボラウイルスはもともと、オオコウモリが持っていました。西アフリカなどでは、このコウモリを食用として捕獲したため、直接ヒトに感染したと考えられています。ヒトからヒトへの感染は、直接エボラ出血熱患者の血液や体液(汗、唾液、精液、大小便、吐物など)への接触が唯一の感染経路です。一緒の空間にいたというだけではうつりません。また、発症した患者が感染力を持つのは、熱などの症状が出てからで、それ以前の潜伏期(ウイルスに感染しているが症状は出ていない時期)にはうつす力はありません。しかし、病気が治った後もしばらくの間精液中にはウイルスが分泌することが報告されています(7週間前後)。
治療法ですが、現状では特効薬はありません。また、はっきりと有効とされるワクチンも存在しません。ですので、症状に応じた対症療法が治療の主体となります。
それでは、どのようにこのウイルスから身を守ったら良いでしょうか。まずは、普段から手洗いなどを励行し、不潔な手で目などをさわらない、といった基本的な感染症予防を徹底することです。もし、患者が発生したという情報があれば、発症した人に近づき接触することは避けてください。また、流行地においては、野生動物とその生肉への接触(食べることも含む)も避けることが必要です。

繰り返しますが、エボラウイルスは患者に直接接触する(汗、唾液、血液や体液などから)ことから感染します。空気感染の様式をとらないので、発症している患者に直接触れない限りは、感染の機会はないというのが原則です。ウイルスに関しては基本的な消毒、洗浄が有効で、普段からの感染症に対する一般的な予防が、最も大切なのです。

2014年10月9日

健診データを用いて日本経済の活性化をはかる

我が国は1年に一度以上の健康診断(以下、「健診」)が、無料あるいは少額の自己負担で受けられるという、世界で稀な制度を持っています。学校については、「学校保健安全法」で、企業に関しては「労働安全衛生法第六十六条」により、医師による健康診断が義務付けられています。

 健康診断の結果は、個人が見て「自分は太りすぎだから減量しよう」などとして、自分の生活習慣を見直したり、医療機関を受診するなどの目安とします。また、国などが、データを解析し、がんや生活習慣病といった疾患の危険因子をみつけることにより、予防に役立てるために使われています。けれども、学校や企業などがデータを活用するなどして、健診結果を効果的に利用しているかというと、あまりないというのが実情ではないでしょうか。これは、学校や企業が個々の努力で健康診断結果の活用を促すことは限界があることと、国や地方自治体などが個別の企業に介入することの問題が生じるからです。
 健康問題と企業業績などについての関連性は、欧米諸国で大きく取り上げられています。ある研究結果から、出世している人は肥満度も喫煙率も低い傾向が明らかになり、「体重コントロールと禁煙ができないと出世に響く」という概念が一般化されているのが例として挙げられます。実際、現代社会において、体調管理は自分を律することであり、自らをコントロールできない者が組織を東ねることができるのか、という論理は説得力がります。

 ところが、わが国においては、健康問題と企業業績などの関連性の議論が、欧米諸国と比べて希薄であるといわざるを得ません。健診結果はメガデータであり、身体だけではなくメンタルな事象をも含む包括的なものです。健康指標となるべき健診データが、学校や企業のパフォーマンスに生かされていないことは学術的にも社会的にも大きな損失だと考えます。
 そこで当会は長年にわたる学校健診のデータ分析と食育アンケートを行い、「健康問題に積極的に取り組んでいる学校は、教育面でも高い評価をえている傾向がある」との結果を得ました。この分析結果は2日発売予定の別冊『週刊ダイヤモンド「学校特集」』に掲載されています。今回の取り組みは、世論として最も関心のある「食育」を導入部分とし、地方自治体ごとの栄養教論(食育を担当する専門職員)の問題なども指摘しています。
 今後は学校健診データの比較検討をさらに広げるとともに、企業についても同様の取り組みを行う予定です。わが国と久慈の健診事業を通じて、企業が健康問題の重要性を認識し、その業績向上に貢献できることが、われわれの使命の一つです。私たちが取り組む研究が、日本経済全体のポトムアップになることを期待しています。


(これは平成26年9月1日、日刊工業新聞に記載された記事を、加筆修正したものです)