2010年5月31日

口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から―vol.4―

誤解招く表示やめて=口蹄疫で食品業界に要望-消費者庁

 宮崎県で家畜への口蹄(こうてい)疫感染が拡大している問題で、消費者庁は17日、食品業界や流通業界などに対し、販売の際に非感染を売り文句にするなど、消費者に誤解を与える不適切な表示を慎むよう要請した。
 同庁などによると、口蹄疫にかかった家畜の肉や牛乳は市場に出回っておらず、また摂取しても人体に影響はない。しかし問題発生後、量販店やインターネット上で、「宮崎県産は使用していません」「口蹄疫の恐れのない産地の肉です」などの表現で食肉や加工品を販売している例が数例確認されたという。(2010/05/18-01:50) 時事ドットコム



この記事をみて皆さん、どう思われますか。
明らかに、宮崎県と言うだけで避けられる、
というstigmatizationが生じています。
これは当初から私が恐れていた事態です。
なぜこんなことが起こるのでしょうか?
それはFMDという病気は
家畜が感染したらとんでもないことになる恐ろしい病気、
という概念にとどまらず、
人体にも悪影響をおよぼし、
食べたら感染して死んでしまう、
という誤った認識が広がり、
日本中が不安と恐れの真っただ中にいるせい
ではないでしょうか。

それでは、FMDとはどんな病気なのでしょうか。
それはFMDウイルスによって生じる動物の感染症で、
蹄が2つに割れている動物が罹ります。
代表例として、牛、豚、羊等があります。
感染力(他の個体に広げる力)は強いのですが、
成体では死にいたる確率は5%以下です。
症状は口や蹄の付け根などにできるぶつぶつ(水疱)と熱などです。
大体1~2週間で回復します。

人に対する影響ですが、人に感染することは極めて稀で、
感染した動物の肉を食べてFMDに罹ることはありません。

え?そうなの?と
意外に思われる方もいらっしゃるでしょうが、
これらの情報は「口蹄疫問題を考えるvol.1」に全部書いてあります。


FMDは症状をみると人間の手足口病によく似ています。
また感染力と致死率ということに関しては、
はしか(麻疹)と比較できる病気でしょう。
麻疹は麻疹後脳炎など重篤な後遺症が残る可能性がありますから、
重症度に関しては麻疹の方が高いでしょう。
FMDの後遺症としては、
乳が出にくい、肉質が落ちる、等がいわれています。
しかし、麻疹は有効なワクチンがありますから
予防可能という意味ではFMDと違います。

このようなFMDに対して
必要以上に過敏になっている私たちは
既にパニック状態になっているのです。


それではFMDの広がりを
どうやって抑えたらよいのでしょうか。
というよりもFMDを封じ込めることは出来るのでしょうか。
残念ながら封じ込めは不可能に近い感染症の一つだといえるでしょう。
まず、潜伏期があり、症状がないうちから感染させることがあります。
治療法はなく、予防に使われるワクチンは
100%の効果はありません。
となれば、FMDは封じ込め不可能な病気と言わざるをえません。

封じ込め不可能な病気の対策の基本は、
「入ったら広がる」ことを前提に、被害を最小限に抑えることです。

我が国のFMD対策は、「疑わしきは殺す」
というイギリス流のやり方です。
しかし、これはどれだけ効果があるかは
議論の分かれるところです(「口蹄疫問題を考える vol.2」参照)。
FMDの感染源は病気に罹った動物以外にも
carrierと呼ばれる生物です。
人間等FMDに罹る動物以外も
carrierになる可能性があると言われています。
このため、感染した肉を食べると危険だ!
というメッセージが出てしまうのでしょう。

このような過敏反応は、
かつて緒方洪庵が天然痘ワクチンを打ち始めたころ、
「(ワクチンを)打たれると牛になってしまう」
という風評被害が立ったことと似ています。
それはワクチンが牛の天然痘から作られたからですが、
当然牛になってしまうわけではありません。

FMDは動物の間ではごくありふれた感染症です。
実際、日本や韓国、中国以外にもブラジルで発生していますし、
ネパールにも疑い例が報告されています。
病気に罹った動物の他に
carrierが感染源となることは前にも書きましたが、
牛の集団でも15~50%のcarrierが存在すると
報告されています。
http://www.oie.int/eng/maladies/Technical%20disease%20cards/FOOT%20AND%20MOUTH%20DISEASE_FINAL.pdf
となればFMDは何時、どんな所で起こっても
不思議ではないのです。
それ故、清浄国(FMDfree)という概念自体がおかしいのです。

今のままの政策を続けてゆけば、
「抑え込み可能の危険な病気」という「空気」を信じている国民は、
不安がいらだちと怒りに変わり、
政府や地方自治体を非難し始めます。
しかしそうしたところで誰も救われないのです。
最後には多大なる被害と、憎しみだけが残ります。

この負の連鎖を断ち切るには発想の転換が必要です。
発生してから今までの経過をみれば、
今回のウイルスが突然変異を起こした
supper killerウイルスではありません。
となれば、FMDに感染しても危険はないのですから、
殺すこともやめて、通常の正肉として販売すれば良いのです。
感染した肉がさらなる感染経路になるのではないか、
という人もいますが、
蔓延した状況では不特定多数の感染経路が様々に絡み合って、
どれか一つを遮断してもあまり意味がありません。

また、流通を全て止めろ、という極論もありますが、
経済効率の極めて悪い畜産産物を
科学的根拠もないまま処分する経済損失に対する責任は
誰がとるのか、という意見もあります。

さらに、今回のように「口蹄疫が出た」というだけで
風評被害が大きくなってしまえば、
違う地域で発生したとしても、
非難を恐れるあまり、発生したことを隠してしまう、
といったことも出てこないとは限りません。
こうしたことが起こると、
どれだけ今回のFMDが広がりを見せたか、
どんなところに流行したか、
という疫学情報が不正確になり、
今後の対策に活かせなくなることが考えられます。

実際、ウイルスでもその存在が分かってない方が
分かっているものより断然多いのですから、
人体に影響のないFMDをこれ以上、
モンスターとして扱うことはまったく理にかなわないことです。
イギリスは政治不安を引き起こしたために、
多量処分をしました。
そうであれば、根拠に基づいた「殺さない」対策をし、
その成功を世界に示すべきだと思います。


FMDウイルスがありふれたウイルスである以上、
再び日本を襲うことも十分考えられます。
今回のFMDウイルスよりも感染力が強いtypeが来て、
もっと大きな広がり方をするかもしれません。
だからといってそのたびに家畜を殺していては、
経済損失も大きくなるばかりです。
これらの費用はすべて私たちの税金から支出される事も
考えてみては如何でしょうか。


今までやってきたやり方と違ったことをすると
始めは強い反応があることでしょう。
しかし、正しいことをやり遂げることは、
結果として、世界に尊敬される日本を創ってゆくのではないでしょうか。


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2010年5月27日

口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から―vol.3―

3回目の今日は、FMDに対する危機管理体制について
考えてみたいと思います。
3月31日、宮崎県の農家に飼われていた水牛に
体調の変化がありました。
診察した獣医は「異変」を感じて県に報告したのですが、
衛生研究所の職員は特に異常事態だとは認識せず、
検査をしませんでした。

4月28日になって牛のFMDが確認されたのを受けて、
水牛から採ってあった検体を検査したところ、
水牛がFMDにかかっていたことが確認されたのです。
消毒剤などが農家に届けられたのは、
牛の罹患が確認後1週間以上経過してからと報道されています。


明らかに不適切な対応であったと考えられます。
3月31日の時点で検査をし、ある一定の家畜を処分し、
種牛の避難をすることが、
まず政府の取るべき道であったと思われます。
果たしてそうした措置を施したとき、
どれだけの効果があったかどうかを論じることは
あまり意味がないことです。
というのも、「Aをしたからこれだけの効果が得られた」
と結論する場合には、
同時に「Aをしなかった」という比較事例が必要だからです。

 
それでも私は「すべきであった」と言うのは、
効果云々の話というよりも、
危機管理上必要な事だからです。
FMDの流行に関して人間が出来ることは限られていますが、
その限られた手の内の中でも、
もっとも重要な一撃として位置付けることが出来ると思います。

結果として、この大切な一撃を打てずに終わったわけですが、
「初動対応がダメだったから広がってしまった」
と農水相を非難するばかりでなく、
何故こうなってしまったのか、
を考える必要があると思われます。


第1に、感染症に対して危機意識が足りなかった、
ということが言えるでしょう。
H1N1豚インフルエンザの際も、
「新型インフルは海外渡航の既往があるものだけから発生する」
という国の言葉を信じていたため、
神戸の開業医が渡航歴のない高校生のPCR検査をすることを保健所が拒んだ、
というのは記憶に新しいところです。

危機管理の第一歩は疑うところから始まります。
「おかしいな」と気がつくのは殆どが現場からです。
その声を躊躇することなく聞きいれて
対応するのが行政の在り方だと思います。
しかし、行動計画に代表されるように
殆どの役所業務がマニュアル化されている中で、
いつの間にか、頭で考えて行動することが
失われていることの典型例だと思います。


第2に、現場と地方自治体、
そして地方自治体と国の間の関係における融通のなさです。
現場は何かが起こったとき、
いきなり国(今回は農水省)に相談することは認められません。
必ず県(保健所)から国へ情報が行き、
また同じ道筋を通って現場にフィードバックされます。
県や国の中にも長い長い伝言ゲームのようなプロセスがあり、
これを飛び越えてゆくことは仕組み上許されないのです。
例えば、県の保健所職員が農水省の局長に連絡でもしようものなら、
その職員は大変な仕打ちをうけるでしょう。

しかし、これでは現場に指令が届くのに時間がかかり、
対策が後手後手に回ってしまいます。
これは今回のFMDに限ったことでなく、
豚インフルはじめ、各省庁と地方自治体が
延々と繰り返してきた事なのです。
結果として何が起こるかと言えば、
対応の遅れとともに現場の消耗です。

何度もやってきておかしいのであれば、
もう少し違う仕組みを考えては如何でしょうか。
例えば獣医から県と同時に農水省に連絡出来る
ホットライン構築などは
先ず取り入れなければならない事でしょう。


第3に、危機管理対応という組織的枠組みがないことです。
行政の縦割りによる弊害がその大きな要因でしょう。
緊急に何かを決定しなければならないときにも、
省内で、「あれはあの局の管轄だからわが部署には関係ない」とか
「これはわが局の担当だから他の局からの口出し無用」といった、
小さいピラミッドがそれぞれ勝手に動いていたのでは、
国策として早急に政策を実行するまでに、
時間ばかりがかかることになります。



今回は動物の感染症ですが、
感染症を取り巻く状況は昔と大きく様変わりしています
H1N1豚インフルエンザ対策総括を検証するもよろしければお読みください)。
何かが起こったとき、はたして人為的なものなのか、
自然発生的なものなのかを見極める必要があります。
病原体が何かを調べるとともに、
どの動物まで広がる可能性があるのか、
ヒトには広がらないのか、といった考察も必要になり、
必要に応じて情報公開をすることが求められます。

今回のFMDは種牛の経済価値、
という問題もはらんでいますから、
少なくとも農水省だけが対策を行うというのは
無理があります。
役所の仕事はすべて法律で規制されますから、
FMDが農水省の法律に入っている以上、
基本的には、他省庁は口出すな!状態です。

そうではなく、危機管理に関わる感染症なるものを位置付け、
必要な感染症をその中に入れ、超省庁で対応をする。
流行が終息してきたら、
一番関連のある省庁が扱う感染症の範疇に戻す、
といった柔軟性のある法整備も
考える必要があるのではないでしょうか。


ウイルスはまたやってきます。
今回の流行から何も学ばなかったでは許されない、
ということを肝に銘じるべきでしょう。

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2010年5月26日

口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から― vol.2

今回は、FMD対策の中心をなす殺処分について書くことにします。
FMDの発生が小規模でごく初期における、
感染している可能性ある家畜含めての殺処分は、
危機管理上意味があることだと思います。
1997年香港でトリH5N1インフルエンザ発生において、
WHO事務局長のMargaret Chan氏が
遅れることなくトリを処分したことは、
高く評価されています。


それでは、ある程度の広がりを見せてからの
多数殺処分は意味があるのでしょうか。

もっとも酷いFMD大流行は2001年英国で起こったものですが、
病気に罹った家畜が2000頭以上見つかり、
700万頭以上の牛と羊を処分しました。
この大流行によって生じたものは、
約160億ドル(1兆6千億円)の経費と、
精神的、肉体的、経済的ダメージなどの社会的損失でした。

この時のイギリス政府の方針は、
FMDが見つかった農場にいる家畜のうち、
FMDに感染する可能性があるものは24時間以内に殺処分にし、
その農家と隣接したりして、感染の可能性がある家畜も処分する、
というものでした。
すなわち、疑わしきものはすべて殺す、という事です。

現在、日本はじめ世界のFMD政策も
基本的に英国のものと同じです。
しかし、感染の可能性があるものをすべて処分する、
という事に関しては批判も多くあります。
幼体は致死率が高いといわれますが、
成体ではFMDから殆どが回復すること。
ヒトに対する危険性は殆どないこと、等が
公衆衛生上からの視点として指摘されています。
また、「感染の疑い」というが
どこまでが疑いかを見極めることは不可能であり、
現場の大きな労力の負担になります。
そして、経済的側面から考えたときに、
多量処分による経済的損失があまりに大きいことが挙げられます。

実際に、FMDが流行期に入ったときに(現在の日本もそうですが)、
家畜をどの程度処分することが、
流行の早期終息に貢献するか、という比較は困難です。
というのも、多量処分が効果があったと結論するには、
多量処分をしなかった場合の例が比較としてまず必要です。
仮にこの比較をしても、
人口密度ではなく家畜がどの程度密接して飼われているか、
隣の農家とはどの程度離れているか、
他の感染源となる動物は周りにどれだけいたか、
という追跡不可能な条件も検討しなければならず、
純粋に多量処分が「効果あり、なし」といえるほど
単純ではないからです。 ※1)


実際、1951から52年に起こったカナダの事例と、
1967年での英国の事例を比較している論文があります。
いずれも起こった時は既にある程度流行していた
という共通点がありますが、
カナダはそのまま自然治癒を待ち、
イギリスでは殺処分にしました。
結局、どちらが良かったのかを結論付けるのは困難だ、
というところに落ち着いています。 ※2)

多量処分には他にもいくつかの問題があります。
感染の可能性のあるものを殺してゆくことは必ずしも、
FMDの早期終息には役立たないばかりではなく、
他の動物に感染を広げる可能性が指摘されています。
FMDと共に牛の重要な病気に結核があります。
ウシ型結核は牛だけでなくアナグマにも感染することが分かっており、
感染源淘汰のためにアナグマ駆除が行われています。
ところがアナグマを殺せば殺すほど、
牛の結核が増えることが
大規模RCTの結果として報告されているのです。 ※3)


この理由として、アナグマ狩りを行った周囲の牛結核は減るのだが、
近隣の地域の結核は増える、
すなわちアナグマが処分を逃れて移動するためではないか、
といわれています。
すなわちイタチごっこです。
FMDに関しても十分この可能性があります。
牛を殺せば豚にFMDが増える、といった具合です。
(牛は殺されればアナグマのように移動しない
という指摘もあるかもしれませんが、
FMD発生が分かっていない時期に
すでに感染した牛の肉からどこぞにウイルスは飛んでいるかも知れません。
感染経路は私たちが知り得ないところにもたくさんあるのです。)

最後に、マンパワーの不足による
不完全な殺処分の影響について考えてみましょう。
処分した家畜は埋めなければなりません。
それは、死んだ家畜からもウイルスが排出されるためです。
現状では獣医師はじめとする人的不足が大きな問題だと聞きます。
このため、死がいが埋められることなく放置される例も報道されています。
これから殺処分の数が増えれば
状況はもっと厳しいものになってゆくことが予想されます。
となれば、感染を封じ込めるために行ったことが、
逆に感染を広げることにもなりかねません。
また、埋められない死がいが別の病原体による感染源となって、
FMDだけでは収まらなくなることも十分考えられます。

FMDに罹った動物は通常8-15日で回復します。
そうであれば、現場の容量を超えて多量処分をするよりも、
回復を待つことも可能性として議論することが必要だと思います。
罹った家畜は商品にならないというのであれば、
回復してから処分する、という方法もあるのではないでしょうか。

FMDに限らずウイルスの流行は必ず終息します。
対策の基本は、いかに早く、多方面での損失を少なく、
その流行を抑えることにあります。
損失の中には家畜の損失だけでなく、人的、経済的、
あるいは文化的損失も含まれるということを忘れてはならないと思います。



=参考文献=

※1)
The role of pre-emptive culling in the control of foot-and-mouth disease
Tidesley MJ, Bessell PR, Keeling MJ et al
Proc Biol Sci. 2009 Sep 22;276(1671):3239-48

※2)
Comparison of different control strategies for foot-and- mouth disease: a study of the epidemics in Canada in1951/52, Hampshire in 1967 and Northumberland in 1966.
Sellers RF
Vet Rec.2006 Jan7;158(1):9

※3)
Positive and negative effects of widespread badger culling on tuberculosis in cattle.
Donnelly CA, Woodroffe R, Cox DR et al
Nature. 2006 Feb16;439(7078):843-6


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2010年5月25日

口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から―vol.1

蹄が2つに分かれている動物が罹る口蹄疫(FMD Foot-and-Mouth disease)が、
宮崎県の牛を中心に流行しています。
大手メディアだけでなく、
個人のブログやtwitterなどでも取り上げる人が多いことから、
皆さんの関心が高いことがわかります。

今回は、そのFMDの何が問題なのか、
そして今後何をしていったら良いのか
ということについて書いてみたいと思います。


口蹄疫という名前の由来は、
口の中や蹄の付け根などの部分に水疱が出来るところから来ています。
「疫」というのは疫病、すなわちうつる病気だということです。
症状としてはよだれが出て元気がなくなる等の症状があります。
人間で言えば原因ウイルスは違いますが、手足口病のような症状でしょうか。


感染力が強く、罹った動物は肉質が落ちる、
乳の出が悪くなるなどの理由で、
経済価値が下がることが大きな問題です。
成体では死に至ることは少ないのですが、
幼体だと半数が死亡するという報告もあります。

ではFMDはヒトに関してはどうなのでしょうか。
FMDに罹った動物に接触することにより
人間が感染源となることがある、との報告がありますが、稀です。
また、FMDに罹った動物の肉を食べても
ヒトにうつることはありません。
ですから、人体への影響はまずないと考えて良いでしょう。


日本では1899年に茨城県、1908年に関東甲信越地方で発生があり、
近年では2000年3月に宮崎県で起こりました。
世界的に最も口蹄疫に苦しめられたのは英国ではないでしょうか。
1967年、2001年、2007年と過去3回の発生を経験し、
特に2001年には大きな経済損失とともに、
政治的な乱れも生じました。


FMDは国際獣疫事務局(OIE)に届け出が義務付けられています。
感染した恐れのある動物が存在する群全てを殺す
という方法が我が国でも取られつつありますが、
それをやった英国はおそらく何とか口蹄疫を征圧しようと、
苦渋の選択として行ったのではないか、
と考えられます(CDC獣医師よりのコメント)。
すなわち効果があるとかないとかといった話では無いようです。


では、感染した動物の周りの群全てを殺すことが、
国際的に決められているのかといえばそうではありません。
制圧の方法はその国の事情に任されています。
しかしながら、殺す事をせずにいれば、
国際的にFMDフリーであるという認証が遅れることから、
現在の日本でも全頭を殺すという方針になっています。
ワクチンは100%効果的ではないとともに、
ワクチンを使用することにより、
FMDフリーの認証を与えられる期間が
先送りされるという問題があります。


これが世界を取り巻くFMDの状況ですが、
実際には多くの問題が生じます。
まず、全頭処分には労力もお金もかかります。
現場のマンパワーでどこまでまかなえるか、
というのが大きな問題です。
また、現在ワクチンを使用していますが、
ワクチンを打つ手間と同時に、
ワクチンを打つと症状が分からなくなる
と言う不利益も生じます。
また、国際的には、FMDフリーの認定が遅れ、
貿易上大きな障害となります。


我が国には、上記に加えて特別な因子があります。
それは、我が国が誇る和牛のブランドの維持という問題です。
海外から和牛の質は高く評価されています。
しかしその質を保つためには純血の種牛が必要です。
種牛を殺してしまうことにより生じる損失は、
経済的な側面だけでなく文化的にも大きな痛手を与えます。


繰り返しますが、FMDのヒトへの影響はまずありません。
現場の許容量(獣医師などのスタッフが大きな問題)、
経済的因子、和牛という国際的に特別のブランド等を考えると
これらの様々な条件を鑑みて、
何が最良の方法かを探る必要があると考えます。
その中には全頭処分だけではなく、
まだ罹患していない家畜を残す、ワクチンは止める、
等のオプションも含まれて然るべきだと思います。


感情論で考えたり、対外的あるいは政治的な側面ばかりを追って
現場を疲弊させてしまってはいけません。
目的は感染の広がりを如何に効率的に抑えるかであって、
現場を消耗させ、経済的なダメージを与えることではありません。
それが昨年のH1N1豚インフルエンザ騒動から
生かさなければならない教訓なのではないでしょうか。

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2010年5月17日

HPVワクチン騒動 vol.1 -子宮頚がんワクチンをどう扱うべきか?-

子宮頸がん ワクチン、小6に初の集団接種…栃木・大田原

医師から子宮頸がん予防ワクチンの接種を受ける児童=栃木県大田原市で2010年5月13日(代表撮影)
 栃木県大田原市で13日、小学校6年生の女子児童を対象に、子宮頸(けい)がん予防ワクチンの集団接種が始まった。1人当たり4万5000円の費用を市が全額負担する集団接種は、市などによると全国でも初めてという。来年度以降も続ける方針。

 市によると、市立小23校で来年1月までに、6年女子334人のうち希望者329人に接種する。福祉政策に力を入れており「女性の命を守ることは少子化問題の観点からも重要」として公費負担を決め1人3回分、計約3000万円を10年度予算で賄う。初日は金丸小の10人が接種を受け「がんになるのはいやなので、注射してよかった」「思ったより痛くなかった」と話したという。

 立ち会った自治医大の鈴木光明教授(産婦人科学)は「接種率を上げるには集団接種が有効で、学校での接種は素晴らしい」と話した。

 子宮頸がん予防には若年層へのワクチン接種が有効とされるが、3回で計5万円前後の費用がネックになっている。

5月13日23時7分配信 毎日新聞



日本のワクチン行政が
主要先進国の中で大きく立ち遅れていることは
以前にも書いたとおりですが、
今回は子宮頚がんワクチンについて
取り上げることにします。

子宮頚がんは30~45歳といった若い世代の女性に発生することが多く、
労働人口ならびに生産人口に影響するがんとして注目されています。
特に途上国では子宮頚がんが多発しており、
世界的にみると女性がんの第2位を占めるほど多いです。

原因としてはhuman popillomavirus(HPV)というウイルスが有名です。
HPVに対してはワクチンがあります。
ワクチンで予防できる唯一のがんと呼ばれるのもこのためです。
ウイルスによって引き起こされるがんで有名なものに
ATLという血液のがんがありますが、
こちらにはワクチンはありません。

さて、それではHPVワクチンはどの程度、
子宮頚がんによる死亡を減らせるのでしょうか。
ワクチンの効果を調べるには、
ワクチンを打つ群と打たない群に分けて、
2つの群での子宮がんの発生を比べることが必要です。

子宮頚がんの発生にはHPVだけでなく、
年齢、生活環境、人種差なども関わっていることが予想されますので、
ワクチンだけの効果を調べるには
こうした他の条件の影響を抑える必要があります。
ワクチンと子宮頚がんと両方に関与する条件を
交絡因子(第3の因子)と呼びます。

交絡因子の影響を抑えるためには、
統計的な処理でもある程度可能ですが、
ワクチンと子宮頚がんの関係に関する交絡因子は
すべて分かっているわけではなく、
未知のものも多々あると考えられます。
そのため、最初からワクチンを打つ、打たないという条件以外は、
調査する人たちが似ている必要があります。
例えば、年齢構成が同じであるとか、人種構成が同じであるとかです。

こうした条件をそろえるには
数が多ければ多いほどよいのです。
何百万という研究参加者がいれば
様々な条件が恐ろしいほどぴったりするのですが、
10人や20人ではバラバラです。

比較を行うときに既にあるデータを使う方が手はかからないのですが、
過去のものですからどうやって人を選んだのか、
どのようにデータを集めたのかなど、
分からないこともたくさんあります。
ですから新たに調べる方が良いのです。
精度高く管理された研究をRCTと呼びますが、
これについては前回の記事に詳しく書いてありますので、ご参照ください。

ワクチンの効果をみるために、
欧米で多くのRCTが行われました。
これを総括したMeta-Analysisによれば、
15-25歳の性経験がない女性に対しては、
高い予防効果を持つことが報告されています。
HPVというウイルスは性交によって感染しますから、
既に性経験がある女性のほとんどはHPV感染したことがあり、
そういう集団にはワクチンは無効です。

こうした結果をもとに米国はじめ諸外国では
ワクチンが認可されました。
現在日本でもHPVワクチンが認可されていますが、
問題はないのでしょうか。


最大の問題点はワクチンの有効性と副反応についてです。
欧米で認可されたワクチンは
HPV6・11・16・18という4価のワクチンと、
16・18型に対する2価ワクチンです。
HPVには様々な種類がありますが
(インフルエンザにもAH1N1やAH5N1等があるのと同じ)、
欧米では16と18型が多いのです。
しかし日本では52、58型が多いと報告されています。
ですから、日本で認可された欧米型ワクチンの有効性を実証するには、
日本人の中でRCTを行う必要があります。
また、副反応についてもワクチン導入と同時に
正確なデータの収集と解析が必要です。
そして必要に応じて情報をオープンにすることが
厚労省に求められることです。

長期的にみた場合、
どの程度ワクチンが子宮頚がんを減らせるか、
頚がんスクリーニングとの比較をした場合の費用対効果はどうか、
どんな副反応があるか等、大規模な疫学調査なしではわかりません。
日本では大規模な疫学調査が非常に出来にくい環境にあります。
それは国がその必要性を理解していないことがあります。

H1N1豚インフルエンザワクチン導入に関しても、
副反応に関する補償制度などの
ワクチンインフラは手つかずでした。
すなわち、重篤な副反応が起こっても十分な補償を受けられず、
訴訟という手段しか残されていないという悲劇があります。

今後新しいワクチンはどんどん増えてくるでしょうから、
豚インフルエンザで明らかになったワクチン制度の不備を
早急に解決することが必要でしょう。
そして、国策として必要であるワクチンに関しては
公費を投じることが当然です。
そもそもワクチンとは、国民というマスを、
ある疾患から守るために使うのですから、
国の事業そのものといえましょう。


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2010年5月7日

乳がんスクリーニングは効果があるか vol.2

前回の続きとなります。
同タイトル vol.1へ


乳がんのスクリーニングをすれば、
どれくらいの人が命をとりとめることが出来るのでしょうか。

このことを調べるためには、
スクリーニングをするグループと
しないグループに分けて、
どちらの群の乳がん死亡率が高いか、
前向きに追っていく必要があります。

そんな面倒くさい事をしなくても、
乳がんになった人に聞き取り調査をして、
スクリーニングを受けたかどうかを調べればいいのではないか、
と思う方もいるかも知れません。
確かにこの方法は手っ取り早くて費用もかかりません。
しかし人の記憶はあやふやなものです。
乳がんに罹った人は、
自分がスクリーニングを受けていなかったことを
より強く覚えているのが通常ですし、
逆に罹っていない人はスクリーニングを受けたとしても
忘れている事もあります。
これをリコールバイアスと呼びます。

また、スクリーニングを受けているかどうかを聞くときに、
「絶対受けていましたよね」などという聞き方で
誘導尋問をかけることがあります。
記憶があやふやな場合は「そうだったかもしれない」
と思ってしまうこともあります。
これをインタビュアーバイアスと呼びます。

スクリーニングを新たなビジネスチャンス
として参入する企業に関係した人がインタビューを行うと、
スクリーニングに有利な結果が出てしまいますし、
逆にスクリーニングに反対している人がインタビューを行うと、
不利な結果が出てしまう事もあります。

バイアスとは調査研究の結果を
間違った方向に変えてしまう曲者です。
残念ながら、聞き取り調査や過去のデータを拾う、
といった方法ではバイアスをなくすことは出来ません。


乳がんの発生には様々な原因が指摘されています。
年齢、食生活や生活習慣、
あるいは遺伝などが有名ですが、
スクリーニングだけの効果に限って議論する場合は、
こうした他の要因の影響を消してしまう必要があります。
そうしないと、スクリーニング以外の因子が影響して、
死亡率の差が、必ずしもスクリーニングの
有り無しによるものでは無くなることがあるのです。
こうした因子を交絡因子(第3の因子)と呼びます。
(交絡因子については、今後の記事などでもう少し詳しく説明したいと思います。)


過去のデータからスクリーニングの効果を調べるときには
影響がある交絡因子がどの程度含まれているか
分からないことがあります。
それは、「今からスクリーニングの有効性を調べるぞ!」
という意図のもとに集めたデータではないのですから、
仕方のないことです。
これだけいろいろなことを気にしなければならないので、
研究は前向きに追ってゆくことが必要なのです。
また、研究結果の信頼性をアップするためにも
集める人数は多ければ多いほどよいのです。

実際、アメリカでは大規模な研究が行われました。
結果は、マンモグラフィ(とても痛い検査です!)を使って
スクリーニングをした場合と、しなかった場合の
乳がんによる死亡率はあまり差がなかったのです。
この結果を受けて、アメリカ予防医学専門委員会は
乳がんスクリーニングに関する勧告を出しました。
内容としては「ルーティンなマンモグラフィ検査は必要なし」
というものでした。

(Screening for breast cancer: US Preventive Services Task Force recommendation statement. Ann intern Med.2009;151(10):716-26)


この結果はアメリカだけでなく世界中を驚愕させました。
特におひざ元のアメリカでは
「乳がん患者を見殺しにするのか!という声が上がり、
政治的力も加わって、専門委員会は勧告の変更を余儀なくされました。

日本では欧米諸国のような大規模前向き研究が行われません。
その大きな理由は国の関心の低さにあるでしょう。
スクリーニングやワクチンの有効性を調べるには
前向き研究の中でも
精度の高いRCTと呼ばれる研究方法が必要です。
となれば当然費用も莫大です。

しかし、国として考えたとき、
必要な検査か不必要なものかは正確に見極めなければなりません。
必要な検査をしなければ、国を支える人が少なくなり、
不必要な検査は無駄なだけです。

前にも書いたとおり、乳がん発生には様々な因子が関わってきます。
人種差というのも大きな因子ですから、
アメリカではあまり芳しくない結果が出たけれど、
日本人ではそうではないという事も十分考えられます。
それにはRCTをやってみなければなりません。


米国の研究結果からはもう一つの問題が指摘されました。
スクリーニングで「がん」だと言われた人は全体の11%なのですが、
もっと詳しい検査をしてみると、
0.3%しか本当はがんではなかったという事がわかりました。

前回はスクリーニングの敏感度と特異度についての話をしましたが、
この結果を見る限り特異度が低いのです。
すなわち「擬陽性」が多く出ることになります。

これが風邪のスクリーニングであれば、
陽性でも陰性でも大した問題にはならないかもしれません。
しかし「がん」という結果は、
受け取る側の精神的ストレスは多大なものですし、
それに引き続くもっと詳しい検査の数も
スクリーニング検査陽性の数に比例しますから、
費用もかかります。
そんな状況で「間違い」が多いことは、
個人にとっても国にとっても大きな負担となります。


日本には公衆衛生の基本概念自体が希薄だ、
ということは今までにも書いてきたとおりです。
問題なのはこれから必要な場面に、
新たにシステムを構築する努力です。
乳がんだけでなく、前立腺がん、子宮頚がんなどの
スクリーニングの評価(妥当性も含めて)や、
新たなワクチンの有効性についても
議論を避けることはできません。


厚労省や学術界が勇気を持って
一歩を踏み出すことが望まれます。

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