2010年5月7日

乳がんスクリーニングは効果があるか vol.2

前回の続きとなります。
同タイトル vol.1へ


乳がんのスクリーニングをすれば、
どれくらいの人が命をとりとめることが出来るのでしょうか。

このことを調べるためには、
スクリーニングをするグループと
しないグループに分けて、
どちらの群の乳がん死亡率が高いか、
前向きに追っていく必要があります。

そんな面倒くさい事をしなくても、
乳がんになった人に聞き取り調査をして、
スクリーニングを受けたかどうかを調べればいいのではないか、
と思う方もいるかも知れません。
確かにこの方法は手っ取り早くて費用もかかりません。
しかし人の記憶はあやふやなものです。
乳がんに罹った人は、
自分がスクリーニングを受けていなかったことを
より強く覚えているのが通常ですし、
逆に罹っていない人はスクリーニングを受けたとしても
忘れている事もあります。
これをリコールバイアスと呼びます。

また、スクリーニングを受けているかどうかを聞くときに、
「絶対受けていましたよね」などという聞き方で
誘導尋問をかけることがあります。
記憶があやふやな場合は「そうだったかもしれない」
と思ってしまうこともあります。
これをインタビュアーバイアスと呼びます。

スクリーニングを新たなビジネスチャンス
として参入する企業に関係した人がインタビューを行うと、
スクリーニングに有利な結果が出てしまいますし、
逆にスクリーニングに反対している人がインタビューを行うと、
不利な結果が出てしまう事もあります。

バイアスとは調査研究の結果を
間違った方向に変えてしまう曲者です。
残念ながら、聞き取り調査や過去のデータを拾う、
といった方法ではバイアスをなくすことは出来ません。


乳がんの発生には様々な原因が指摘されています。
年齢、食生活や生活習慣、
あるいは遺伝などが有名ですが、
スクリーニングだけの効果に限って議論する場合は、
こうした他の要因の影響を消してしまう必要があります。
そうしないと、スクリーニング以外の因子が影響して、
死亡率の差が、必ずしもスクリーニングの
有り無しによるものでは無くなることがあるのです。
こうした因子を交絡因子(第3の因子)と呼びます。
(交絡因子については、今後の記事などでもう少し詳しく説明したいと思います。)


過去のデータからスクリーニングの効果を調べるときには
影響がある交絡因子がどの程度含まれているか
分からないことがあります。
それは、「今からスクリーニングの有効性を調べるぞ!」
という意図のもとに集めたデータではないのですから、
仕方のないことです。
これだけいろいろなことを気にしなければならないので、
研究は前向きに追ってゆくことが必要なのです。
また、研究結果の信頼性をアップするためにも
集める人数は多ければ多いほどよいのです。

実際、アメリカでは大規模な研究が行われました。
結果は、マンモグラフィ(とても痛い検査です!)を使って
スクリーニングをした場合と、しなかった場合の
乳がんによる死亡率はあまり差がなかったのです。
この結果を受けて、アメリカ予防医学専門委員会は
乳がんスクリーニングに関する勧告を出しました。
内容としては「ルーティンなマンモグラフィ検査は必要なし」
というものでした。

(Screening for breast cancer: US Preventive Services Task Force recommendation statement. Ann intern Med.2009;151(10):716-26)


この結果はアメリカだけでなく世界中を驚愕させました。
特におひざ元のアメリカでは
「乳がん患者を見殺しにするのか!という声が上がり、
政治的力も加わって、専門委員会は勧告の変更を余儀なくされました。

日本では欧米諸国のような大規模前向き研究が行われません。
その大きな理由は国の関心の低さにあるでしょう。
スクリーニングやワクチンの有効性を調べるには
前向き研究の中でも
精度の高いRCTと呼ばれる研究方法が必要です。
となれば当然費用も莫大です。

しかし、国として考えたとき、
必要な検査か不必要なものかは正確に見極めなければなりません。
必要な検査をしなければ、国を支える人が少なくなり、
不必要な検査は無駄なだけです。

前にも書いたとおり、乳がん発生には様々な因子が関わってきます。
人種差というのも大きな因子ですから、
アメリカではあまり芳しくない結果が出たけれど、
日本人ではそうではないという事も十分考えられます。
それにはRCTをやってみなければなりません。


米国の研究結果からはもう一つの問題が指摘されました。
スクリーニングで「がん」だと言われた人は全体の11%なのですが、
もっと詳しい検査をしてみると、
0.3%しか本当はがんではなかったという事がわかりました。

前回はスクリーニングの敏感度と特異度についての話をしましたが、
この結果を見る限り特異度が低いのです。
すなわち「擬陽性」が多く出ることになります。

これが風邪のスクリーニングであれば、
陽性でも陰性でも大した問題にはならないかもしれません。
しかし「がん」という結果は、
受け取る側の精神的ストレスは多大なものですし、
それに引き続くもっと詳しい検査の数も
スクリーニング検査陽性の数に比例しますから、
費用もかかります。
そんな状況で「間違い」が多いことは、
個人にとっても国にとっても大きな負担となります。


日本には公衆衛生の基本概念自体が希薄だ、
ということは今までにも書いてきたとおりです。
問題なのはこれから必要な場面に、
新たにシステムを構築する努力です。
乳がんだけでなく、前立腺がん、子宮頚がんなどの
スクリーニングの評価(妥当性も含めて)や、
新たなワクチンの有効性についても
議論を避けることはできません。


厚労省や学術界が勇気を持って
一歩を踏み出すことが望まれます。

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