2013年10月31日

Happy Halloween!

ハロウィンは古代ケルト人が、夏の終わり(Samhain)の前日に、悪霊を祓うための儀式から来ているという説があります。日本ではあまりなじみのない、クリスチャンのお祭りですが、この頃はハロウィンの文字を、街中でも多く見かけるようになりました。

私にとって、ハロウィンは様々な思い出があります。小さな娘たちとトラックの荷台に揺られて、大きなカボチャを取りにいって、Jack-o'-Lanternを作ったり、trick or treatの準備をしたりです。また、アメリカではこの時期からThanksgivingにかけて、パーティが多くなり、友達や恩師から招き招かれ、公(?)私共に忙しくなってきます。

こうした思い出はどれも大切ですが、その中で忘れられないのが、恩師、Dr.George W.Comstockの事です。Dr.Comstockは、医師であり20世紀を代表する疫学者です。http://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Comstock

当時世界で猛威をふるっていた結核に対して、何らかの対策をとることがどの国にも必要であり、アメリカ合衆国も例外ではありませんでした。そこでWHOが推し進めていたBCGワクチンに関する有効性を調べるために、大がかりな疫学研究チームが立ち上がりました。それを率いたのがDr.Comsctokで、彼らの出した結論は、「BCGの(結核予防に対する)有効性は曖昧である」というものでした。この結果をうけ、アメリカはBCGを導入しませんでした。
同時に、結核治療に使う薬の一つであるINHを使うことによって、「結核の発病を90%以上の確率で予防することが出来る」という研究結果を出しました。アメリカ合衆国は、Comstockらの考えを取り入れた結核政策を取り入れ、世界で最も低い、罹患率を達成しました。現在でもその状況は変わりありません。

がん、脳血管障害、虚血性心疾患などの大規模コホート調査にも精力的に関わり、数多くの論文を発表し、世界で最も権威あるThe American journal of epidemiologyの編集責任者を長くつとめました。

文字通り、世界を代表する大学者でしたが、それだけでなく、すぐれた教育者でした。
私がDr.Comstockと初めてあったのは、Johns Hopkins University School of Public Health(現在のJHU Bloomberg School of Public Health)の授業でした。通称Epi-4と呼ばれる授業で、ラボと呼ばれるグループ討議を行う中、Comstock教授は、facilitatorの一人でした。
背が高く、"つんつるてんのジャケット型白衣にネクタイ(+スニーカー)"が彼のトレードマークでした。

「見てみなよ。彼をしってるかい?GW Comstockだ!とても偉い有名な先生だよ!彼に直接教えを受けられるなんて、僕たちはラッキーだ!」同じグループにいた、シンガポール人の眼科医が囁きました。
この後、私はDr.Comstockの元で研究し、家族同様のつきあいをするようになるとは夢にも思いませんでした。

ハロウィン当日、彼はラボに居る生徒一人ずつに、小さなハーシーチョコレートを手渡しました。ただのチョコレートかと思いきや、その内の何個か(確か10人に1人の確率)には当たりがあり、引いた人は、小さなプレゼントが貰えると言うことでした。当たりを示す紙はなんと、チョコレートの中に入っていました。
しずく型をしたチョコレートを薄いカッターで切り、その中に当たりの紙を入れ、また元通りに戻す、という細かい作業を彼は行ったのです。クラスには100人以上が居ましたから、少なくともこの細かい作業を10コ以上は行ったわけです。

誰の目にも継ぎ目は全く分からず、銀の包装紙の包みも、一度開けたと気がつく者もいませんでした。
どうして、世界の大教授がこんな手のかかる作業を生徒のためにしてくれるのか、私にとっては驚きでした。そうすると、彼はこう答えました。
「何人かは特別なプレゼントを貰えてラッキーだ。けれど全員少なくともチョコレート一つはプレゼントとして貰えるじゃないか。小さなものだけど、少しばかりみんなハッピーになれる。たいしたお金もかからないしね」
そうウインクして見せた老教授は、生徒のどんな小さな、基礎的な質問に対しても丁寧に答えてくれました。自分で確信できないところがあれば、自ら、自分より遙かに年下の担当教官に確認に行くことも厭いませんでした。


Dr.Comsctockは2007年、92歳で前立腺がんの全身転移のためにこの世を去りました。最期までモルヒネを拒み(思考力が低下するため)、彼に見て欲しいという論文に目を通しながらこの世を去りました。
彼は、Johns Hopkins大学の一教授であることを貫きました。大学院院長のポストも、疫学部長の座でさえも断り続けました。それは、「生徒に教える時間がなくなるから」でした。

教育とは、時代や国籍を超えて引き継がれる大きな力です。
彼が良く言っていた、“Most of us aren't going to win any big victories, but we can win little ones every day, and they mount up.”という言葉は、まさに彼自身がなしえた事です。

ハロウィンを迎えるたび、Dr.Comstockの姿を思い出し、彼のpupilであることを誇りに思います。

そして、これからは、私自身が彼から受け継いだものを、次世代につないでゆく大きな役割を担っていることを、改めて心に刻むのです。


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2013年6月27日

我が国のワクチン行政は、“ずれて”いる -子宮頸がんと風疹の優先順位を巡って-

以下の文は、2013年6月26日発刊、『WILL』8月号に掲載された、「子宮頸がんワクチンの闇」に加筆したものです。



私が、HPV(Human papillomavirus:ヒトパピロマウイルス)ワクチンに関する問題を取り上げてから、3年が過ぎようとしています。
現在、このワクチンの重篤な有害事象などがメディアなどで取り上げられています。
私は、このワクチンの導入が非常に不自然な形で行われたことに対して違和感があり、今一度の議論が必要だと感じています。それと同時に、ワクチンの健康被害に関して、ワクチン推進派とアンチワクチン派という対立構図は、両者にとって良くない方向に進んでいると、大いなる懸念をもっています。

なぜ私がそう考えるのか、これから論じてゆこうと思います。

なお、HPVワクチンについては、諸外国では男女の生殖器周囲がんの予防のために接種が承認されていますが、我が国ではその適応が子宮頸がんだけ(20136月現在)となっているので、この文章の中で、特に明記することがない限り、子宮頸がんに関する効果等を示すことにします。

HPVと子宮頸がんの関連が言い出されたのは、1970年代のことでした(1)。その後、分子生物学、疫学分野での研究が行われ、HPVは、子宮頸がんだけでなく、主に性交渉を通じて発生する肛門生殖器周囲のがん発生の一原因であることが明らかになってきました(2)(3)
また現在では、口腔咽頭がんや、呼吸器の良性腫瘍を発生させる可能性も示唆されています。HPVワクチンは、HPV感染を防御する役割があることが示されたため、欧米を中心とする諸外国では、HPVワクチンが、子宮頸がんのターゲットとなる女性だけでなく、男性のがんなどに関する予防が期待できるワクチンとして認可され、使用されるようになりました。今までワクチンといえば、麻疹や風疹に代表される感染症を予防するものですので、それが、がんまで予防すると言うことに対して、大きな期待が集まったのは、当然のことといえるでしょう。

HPVワクチンは2000年になってから、医療現場で使用されるようになりました。例えば米国では、200668日、世界初のHPVワクチンであるガーダシルを、HPVに対するワクチンとして、FDA(US Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)が承認しました。ガーダシルはこの承認と同時に、HPV6型、11型、16型、18型を標的とし、9歳から26歳の女性の子宮頸がんと前がん状態を予防すること、また、尖圭コンジローマ(生殖器に出来るいぼ)予防のためのワクチンとして、ライセンスを取得しました。2008912日には、陰唇ならびに膣のがん予防ワクチンとしての承認、20091016日、927歳男性のHPV911型に対する、尖圭コンジローマ予防ワクチンとして承認、20101222日、男女(927歳)の肛門上皮内腫瘍ならびに肛門腫瘍予防ワクチンとしての承認を得ています。これらの承認結果を基にして、ACIPAdvisory Committee on Immunization Practices:予防接種諮問委員会)は、小児ワクチンプログラムの一つとしてHPVワクチンを導入することを決定し、20115月には、子宮頸がんなどの女性特有の疾患だけでなく、その適応を男性にまで広げることを勧告しました。ACIPというのは、ワクチンのスケジュールや種類、適応など、ワクチン全般に関して勧告を行う専門集団で、アメリカのワクチン行政は、全てこのACIPの意見に基づいて施行されています(4)

WHOも子宮頸がんをはじめとする、HPV関連疾患予防のためにHPVワクチンの導入を推奨し、欧米を中心にHPVワクチンが導入され、WHO2010年報告によれば、認可をしている国は100カ国以上、公費助成などの国策としている国は22カ国です(5)。

我が国のワクチン行政は諸外国に比して大きく立ち後れており、そのワクチンギャップを埋めることは早急の課題です。
有効なワクチンは、当該疾患をワクチンだけで根絶することが出来ます。その代表例が天然痘ワクチンで、ワクチン接種を全世界的に行ったことによって、長年人類を苦しめてきた感染症は、1976年、ソマリアでの患者を最後に、地球上からなくなりました。またポリオワクチンもその有効性が確立されているため、WHOがポリオ根絶に向かって歩んでいるところです。
ワクチンには必ず副反応が伴います。それが健康に対して悪い影響を及ぼすものを、有害事象と呼びます。その多くは、接種部位が腫れたり、かゆくなったりすると言う軽微なものですが、時としては、ワクチンに対するアレルギー反応(アナフィラキシー)などによって、死亡したり、重篤な後遺症を残すこともあります。これらのマイナス面があったとしても、有効なワクチンによって、日本国国民あるいは世界というマスを当該疾患から守る、というベネフィットがあるから、ワクチンは使われるのです。この考え方の基礎となるのがpublic healthです。

Public Healthの考えは、臨床医が患者個人を相手に治療をするのと異なり、集団の健康問題をターゲットにするため、「Aさんという患者さんが、子宮頸がんに罹った。それ故、治療した結果、5年たった今でも再発していない」という表現を使うのではなく、「人の集団10万人のうち、20人が子宮頸癌に罹った。そのため、治療をした結果、5年たって生きている患者は、人口10万対何人である」という言い方をします。2つの表現で何が違うのかというと、前者は、Aさんという一個人の帰結を問題にしているのに対して、後者は、集団としてのインパクトを問題にしているという点です。

我が国は、このpublic healthの概念が非常に希薄な国です。それ故、何かの感染症が流行した際などに、人口何人のうち、何人の患者が発生し、死亡したのか、という報道がされず、1人、2人、という絶対数だけが取り上げられる傾向が強いです。例えば、新型インフルエンザが10人発生したと仮定します。しかし、100人の中の10人と、100万人の中の10人では、社会的な意味合いが全く違ってきます。日常生活で考えてみると、100円パンの10円引きなのか、それとも100万円する指輪が10円引きなのかでは、物理的にも心理的にも大きな隔たりがあると考えると、イメージしやすいかもしれません。


麻疹、風疹に代表される感染症は、感染力が強く、一人の患者が発生すると、多くの人に広がる危険性があります。広がりが大きくなるだけではなく、特に子どもは命を落としたり、脳炎などの重篤な合併症を生じたり、後遺症を残したりします。また、予防接種を受けていない妊婦が風疹にかかると胎児が風疹ウイルスに感染し、難聴、心疾患、白内障、そして精神や身体の発達の遅れ等の障害をもった子どもがうまれることがあります。ワクチンで予防可能な疾患(VPDvaccine Preventable Diseases)をワクチンで予防することは、このような障害を未然に防ぐということにもなります。それ故、効果的なワクチンの導入は、集団や国家を守るために必要不可欠です。

子どもたちは親にとっての宝物だけでなく、将来の社会の担い手となりますから、その集団が小さくなってゆくことは、大きな社会の損失、すなわち国力を失うことになります。それ故、乳幼児のうちに決められたワクチン接種が求められます。ワクチンは、Public Healthの考えに則って行われると前にも書きましたが、Public Healthの概念は、マスを救うことであり、国防につながる考え方です。この考えがないと、効果的なワクチンに対しての副反応で重症例が出た場合、すぐにワクチン接種を止めてしまう、というスタンスになります。これでは、ワクチンで当該疾患を予防するという本来の目的を達成できないのは明らかです。日本のワクチン接種は、諸外国に比べて大きく立ち後れており、そのワクチンギャップのために、2007年大学生の間で麻疹が大流行し、海外に飛び火しました。それ故、日本は「麻疹輸出国」というありがたくないレッテルを貼られました。

米国はじめとする先進諸国は、ワクチンを非常に有効なツールと考え、10種類以上のワクチンを決められた時期に接種することが義務付けられています。アレルギーなどの特別な理由が無い限り、ワクチン接種は学校に入学する上での必要条件となっています。

このようにワクチンに対して、親和性が強い国々でも、HPVワクチンに関しては大きな疑問が投げかけられました。2010年に発表された論文でも、その義務接種化に関する問題点が論じられています(6(7)

まず、第一に個人の自由との相反性です。義務接種化には(HPVワクチンに限らず)、“個人の自由の制限”が常に伴います。Public Healthは国益を守る手法ですが、それを正当に使わないと、“人権侵害”にもなりかねない大きな問題をはらんでいます。MMR(麻疹・おたふく風邪・風疹混合ワクチン)、DTP(ジフテリアトキソイド・破傷風・百日咳混合ワクチン)、ポリオワクチンなどは、その有効性と社会的重要性を元に、義務接種が浸透しています。

ところが、ことHPVワクチンにはあまり明確でない点がいくつかあるのです。その一つに、子宮頸がんをはじめとする、HPVワクチンで予防可能だと言われている疾患の特殊性があります。麻疹や風疹は、口や鼻といった呼吸器からうつります。呼吸は人間が生きてゆくためにしなければならないことですから、感染経路を遮断することは難しいのです。しかし、子宮頸がんワクチンは、主に性行為によって感染しますから、特別な行為をしない限り、感染するリスクは低くなります。また、性行為をするにしても、コンドーム使用によって、HPV感染のリスクが低くなることが知られています。
HPVワクチン接種は通常1112歳の若い世代に打つことが義務付けられているので、そんな若い子どもたちの中で、全く性行為に縁がない集団まで、義務接種を課すことに対する疑問があがるのは当然でしょう。

また、当然のことながらワクチンを打つに際して、これから防ごうとするのがどのような疾患なのか、保護者が子どもたちに説明する必要があります。11、12歳はこうした行為に関して、微妙な年頃ですから、話をするのをいやがる親も子どももいるわけです。

第二に、効果の問題です。子宮頸がんを引き起こす一因として、HPV感染があります。HPV感染率が高いのは、アフリカを中心とする途上国です。HPV感染率と同様、子宮頸がんの罹患率が高いのも、途上国です。
性交開始時に約60%がHPVに感染し、90%程度は自然治癒(消失)します。残りの10%のうちの一部が、20年くらいかけて子宮頸がん(主に扁平上皮がん)を発症します。すなわち、最終的に子宮頸がんになるのはHPV感染した女性の0.1%程度と推測されています。

HPV100種類以上の型があることが分かっており、その中で子宮頸がんを起こしやすいのは、16型と18型と言われています。HPVワクチンは、これらのHPV感染を防御する能力があることが示唆されています。それ故、子宮頸がんの予防につながると期待されているのです。
がんがなぜ発生するのか、これについて明確な答えを出せる人はいません。それは、子宮頸がんに関しても同じです。HPV感染は、子宮頸がんの原因のひとつではあるけれど、HPV感染を防いだとしても、どの程度子宮頸がんの発生を抑えることができるのか、あるいは死亡率を低下させられるのかを、正確に証明することは容易な事ではありません。何しろ、がん発生には、年齢、人種、食事、喫煙、アルコール、発がん物質、遺伝子など、多種多様な因子が関わっています。まだ未知の遺伝子や発がん物質も多くあります。それ故、HPVの発がんに関するインパクトを完璧に評価することは不可能です。けれど、どの程度であるかという推論を、できる限り真実に近づけるためには、多方面からの研究が必要です。

ワクチンの効果を調べるためには、ワクチン接種群と、非接種群に分けてその後の、子宮頸がん発生率、死亡率を算出する、長期的な前向き研究以外はありません。しかし、HPVワクチンの場合は、子宮頸がんの原因となる因子が多数存在することから、純粋な効果判定は難しいと考えられます。また、効果が見込まれるワクチンの場合、打たない群に割り当てられることが、不利益を生じるという考えもあり、こうした疫学研究を行うためには、倫理面での検証もしっかり行う必要があります。Public healthインフラの欠如は、こうした大規模前向き疫学研究をする基盤がない、という弱点にも通じます。言い換えれば、確固たる「エビデンス」が得られないまま、施策がなされ、結果として、国家国民の利益に結びつかないいい加減な厚生行政が繰り広げられるのです。それは即ち、税金の無駄遣いということにもつながります。エビデンス無き政策決定が不毛であるのは、ワクチン行政だけでなく、新型インフルエンザ対策、放射線被害対策に関しても、当てはまります。

1人の患者を見つける間に、感染者100人が通過するという、極めて非効率的な水際対策で、「国内にインフルエンザを入れない」とのパフォーマンスを続けたこと、原子炉を冷却させるために、ヘリコプターで虫の涙ほどの水を撒き、国外の失笑をかったことなどを、思い出される方もいるかもしれません。
いずれにしても、HPVワクチンは2006年に始まった歴史の浅いワクチンであり、効果の見極めは、様々な疫学モデルを駆使したとしても、もう少し時間が必要であるのは明らかです。


三点目として、費用対効果に関する問題です。HPVワクチンは、ターゲットとしたHPVの型に関しては、その感染を防御する効果はありますが、その他に型に対しての、感染防御の効果は確立されていません。論文によっては、その他の型にも効果がみこまれる、という結論を出していますが、それを決定的に結論するには時期尚早といえるでしょう。
HPVワクチンのこのような弱点を補うために、子宮がん検診を併用して行う事を、WHOは推奨しています。そして、ワクチンを国策として導入している国も、このポリシーに沿っています。

ここで問題になるのは、子宮がん検診とHPVワクチンを組み合わせた時に、どれだけ子宮頸がんを減らすことができるのか、という事です。数ある悪性腫瘍の中で、子宮がんスクリーニングは最も効果的であることが分かっています。実際、子宮がんスクリーニング率の上昇は、子宮頸がんの罹患率を低下させていますので(HPVワクチン導入なしに)、スクリーニングの効果は実証されているといえます(8)。

HPVワクチンは従来のワクチンと比して高額です。例えば、B型肝炎ワクチン(日本では定期接種未導入)は約2500円で、3回接種をして7500円程度です。ところが、HPVワクチンの一つであるガーダシルは、約15000円です。ガーダシルも3回接種がスタンダードですから、5倍以上の差があります(9)。
それ故、既に子宮頸がんの予防効果が明らかなスクリーニングに加えて、HPVワクチンを導入すれば、どれだけのベネフィットが出るか、すなわち、HPVワクチン導入においての費用対効果は大きな問題となります。

さて、これまでHPVワクチンの現状と、指摘された問題点について論じてきましたが、次に、我が国特有の問題について述べたいと思います。

第一に、我が国のワクチン政策は、他の先進諸国と大きく異なっているということがあげられます。それは、WHOが世界的に導入を推奨しているワクチンの導入が、極めて立ち後れて来たという点です。これを“ワクチンギャップ”と呼びます。繰り返しますが、ワクチンはPublic healthのツールであるので、ワクチンギャップが存在することは、その国の、public healthインフラが脆弱なことを示しています。
HPVワクチンとともに公費助成になった、肺炎球菌ワクチンとヒブワクチンは、小児の感染症を予防する上で、極めて重要なワクチンです。それが、経済大国、先進国と称される我が国で、国策として導入されてこなかったのは、かなり特殊だと言わざるを得ません。

それでも、ワクチンの重要性を訴える小児科医、また、世界標準のワクチンが日本に導入されていないことによって、ワクチンで予防できる病気(Vaccine Preventable Diseases :VPD)に罹り、重篤な後遺症を家族に抱えた方たちなどが中心となって、ワクチンギャップを埋めるべく活動を続けてきました。その甲斐あって、腰の重い行政もようやく動きを見せ始め、近年、ワクチンギャップは急速に縮小しています。
しかしながら、完全に世界標準に達したわけではありません(高畑さんの表)。日本との比較として載せている欧米ですが、承認されたワクチンは、国(米国の場合は州)のワクチンスケジュールに組み込まれているワクチンが殆どです。これに比してわが国の場合は、承認はされたけれど、国として勧告しているわけではない、すなわち、所謂「定期接種」に組み込まれていない、必要不可欠なワクチンがあります。特にB型肝炎の新生児への接種は、何にも増して早急に求められるところです。また、承認はされているが、「任意接種」という形で、国が公費助成を行っていない、ロタウイルスワクチン、おたふくかぜワクチン、水痘ワクチンなども小児のワクチンスケジュールに取り込むべきものです。

これらのVPDは鼻や口と言った呼吸器、あるいは、母体などからの血液を介して(B型肝炎)感染し、後遺症、死亡などの重傷な転帰をとる感染症ですから、ワクチンが絶対に必要なのです。こうした重要なワクチンで、未だ我が国が、国として勧告していない中、HPVワクチンという新しく、かつ、感染経路が特殊である疾患に対するワクチンを優先的に定期接種にするというやり方はおかしいと思います。我が国の台所事情は豊かではなく、公費すなわち国民の税金を効果的に使うには、ワクチンの優先順位を、社会的重要性、費用対効果などの観点から、決めるべきです。

第二点として、スクリーニング率が、他の先進諸国と比して低いと言うことです。子宮頸がんの検診の実施状況、必要な人たちがどの程度カバーされているか、という数字を正確に把握することは難しいですが、OECD2007年データによれば、2069歳までの女性が子宮頸がんのスクリーニングを受けている人は、全体の23.7%です。これは、米国
84%、フランス74.9%、UK(2008)78.8%と比べて群を抜いて低い値です。子宮頸がんはスクリーニングで死亡率を減らせる数少ないがんですから、HPVワクチンもさることながら、検診率を上昇させることを、第一目標にする必要があります。なぜ、このような低い受診率を保っているのか原因を探り、どうしたら良いかを具体的に探ることが大切です。

これらの点をふまえてHPVワクチンの動態を論じてゆくことは、定期接種となった今でも、極めて重要なことだと思います。特に、ワクチンギャップの解消に地道に活動を続けられてきた専門家集団、一般の方たちからすれば、もっと優先順位の高いワクチンがあるのに、なぜHPVだけが優遇されるのか、という感情を持つのは当然ではないでしょうか。3.11直後も、国家の大行事のように、HPVワクチンの事が繰り返し報道され、HPVワクチンが至上もっとも重要なワクチンであるかのような印象を、国民にアピールし続けてきた、政府、メディアのやり方にも大きな問題があると思います。

今現在、風疹発症が昨年の3倍という、過去最悪のペースで広がっています。風疹は、VPDの代表であり、ワクチン接種による予防が非常に重要です。感染力も強く、妊婦がかかれば、それが胎児におよび、先天異常などを引き起こすことが知られています。我が国のワクチンギャップに代表される疾患でもあり、世界標準のワクチン接種を行っていない世代も多く存在します。特に、おたふく風邪ワクチンの有害反応事例報告を受け、MMRワクチンだけでなくMRワクチンすら受けていない世代が存在します。そうした世代からの発症が目立っています。こうした重要なVPDに関して、現職の厚生労働大臣が、“予算の都合で”国として積極的な公費助成を実施しないなど、考えられない事です。政府は、HPVワクチンは大切だけれど、他の重要なVPDに対するワクチンはどうでも良いのか、国民を守る気があるのか、と言いたくなります。

今まで、HPVワクチンに関する問題を述べてきましたが、今後どうしていったらよいでしょうか。私は、HPVの公費助成を継続するかしないかは、議論が必要な問題だと思っています。それは、今まで述べてきたような我が国のワクチンギャップを、健全な形で埋めてゆくためには、ワクチンの優先順位決定は、もっとも重要な問題だと考えるからです。

ところが、現在のHPVワクチンを巡る話題は、ワクチン推進派、ワクチン反対派という構図の上に成り立っています。HPVワクチンを打った後、重篤な健康問題が引き起こされ、そのうちの一部の方は、ワクチンによる有害事象であると認定されました。こうした重篤な事例は、ワクチン接種を受けた総数から考えれば、こうした有害事象は希です(10)

ここで、「数は少なくとも重篤な有害事象が存在する。費用対効果がはっきりしないHPVワクチンを定期接種として公費で負担し続けるつもりなのか?」という意見だったら理解できます。しかし、今の議論を聞いている限り、「HPVワクチンは危険だ。断種ワクチンであり、危険なアジュバントが入っているから打ってはいけない」という、アンチワクチンの極論にたった意見展開ばかりが目につきます。

私たちはワクチンに限らず、多くの物質に囲まれて生きています。その中には健康にとって有害な物質も多数存在します。私は都心に住んでいますので、ただ生きているだけでも、多数の有害な物質を吸っていることでしょう。また、食品にしても、100%安全な食材など、存在しないと言って良いでしょう。例えば、無農薬野菜といっても、農薬は使っていなくても、その土壌や水が100%安全だという保証はありません。また、よく防腐剤が入っているものは危険という人がいます。私も出来れば避けたいですが、防腐剤で防げるカビ毒は、個体を死に至らしめる危険性があります。薬も毒だから飲んではいけない、という声もありますが、科学的に合成された薬剤を使わなければ、死んでしまうこともあります。ワクチンにしても同様です。効果があるから使うのです。そして、副反応が存在しても、ワクチンの効果が有害事象を上まわれば、導入されるのです。全てはバランスの問題です。

少なくとも、HPVワクチンが断種ワクチンであり、アジュバントが重篤な有害事象の原因であるという根拠はありません。

不幸にして、ワクチン接種後、重篤な健康被害に遭われた人たちを、速やかに救済すべき事が、今、政府がしなければならない最優先課題の一つです。ワクチン被害の認定のプロセスには、大いなる大きな欠陥があり、速やかな救済のためには、そのプロセスを改善してゆく必要があります。なぜかと言えば、現在のワクチン禍認定は、「はっきりしないものは切り捨てる」という考えに基づいているからです。

ワクチンの真の効果判定が難しいのと同様に、ワクチンと有害事象との因果関係を確立するのも非常に難しく、時間がかかる問題です。本当にやろうとしたら、何十万人という被検者を募り、ワクチンを打つ群と打たない群に分け、何十年も前向きに追って、両群からの有害事象発生率の差を比較する以外ありません。

こんな手間のかかる事をやっていては、救済すべき人が救われないという事になりかねませんから、「疑わしきは救済する」という方法で、事を進めるべきと考えます。そのためには、アメリカやフランスなどで導入されている、無過失保障制度(補償を受けるためには、訴訟に持ち込まない)の導入は速やかに行われるべきでしょう。訴訟でしか、救済の道が得られないという現状では、被害者の救済がハードルの高いものであるだけではなく、必要なワクチンを速やかに導入し、接種率を上げる、という本来のワクチン行政の目的をも阻むことになります。

繰り返しますが、アンチワクチンとHPVワクチン推進派の対立という構図は、最大の問題の一つである、ワクチン被害者の速やかな救済には決して結びつきません。
感情的な議論を避けて、public healthインフラの役に立つ議論をすることが、ワクチン行政にとっても、健康被害を被った方々にとっても、もっとも有用であると確信しています。

今回のHPVワクチンに関する感情的な対立の背景として、ワクチン政策に関する責任の所在がはっきりしない、という致命的な問題があります。現在、社会的な問題となっている風疹の大流行にしても、各自治体や医師会が主体となって予防接種がすすめられています。
このように地域、医療現場の動きが活発なのは喜ばしいことなのですが、当の厚生労働省はといえば、何のメッセージも発信せず、経済的な助成すら躊躇している有様です。国際問題にも発展しかねない今回の流行に対しては何もせず、HPVワクチンだけは大々的にてこ入れする、という態度は、あまりに非科学的であり、納得できるものではありません。

予防接種に関する諸々の事項は、厚生労働省厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会というところで決められます。立て前は、審議会の委員が議論をして決めるという流れですが、実際は事務局である、厚生労働省が結論をあらかじめ決めており、あたかも「専門家に議論して決定していただいた」という隠れ蓑のために存在するのが審議会です。厚労省にしてみれば、実は全てとり、何か事があっても「専門家の決めたことだから」と逃げることが出来ます。すなわち、彼らたちが描く絵図面は、国益とは程遠いものになってしまいます。

このようなワクチンに関する無責任体制をなくすためには、冒頭に述べたACIPをわが国にも設立すべきです。ACIPは、米国疾病予防管理センター(Center for Disease Control and prevention:CDC)ならびに保健福祉省(US Department Health & Human Services:DHHS)に対して、予防接種に関する提言を行う機関です。どんなワクチンをどの時期に、だれを対象に接種するかという意見をまとめるのです。すなわち、ワクチンに関する実務集団です。ACIPは政府関係者だけでなく、ワクチンを受ける側の代表も1名含まれます。つまり、ワクチンサービスを提供する側だけではなく、利用者側からの意見が反映されるという事です。

厚労省の審議会では、ワクチンを受ける側、ワクチンを勧める一般市民、また、ワクチンによって健康被害を生じた側などは、傍聴はできても、公式な意見を言う場がありません(現在は意見を述べることができるような仕組みにすることが検討されているようですが、米国のACIPのように意思決定に加わるところまでは検討されていません)。

ACIPでは、ワクチンメーカーとの利害関係があるかどうかなどの監査も厳しく、利益誘導が持ち込まれないようなチェック機構が働いています。

我が国のワクチンギャップはまだ存在しています。これを適正に是正してゆくためにも、厚労省と真の意味で独立した組織を作り、国益と国際社会との協調を最重要課題として、国民に対して、責任あるワクチン政策を進めてゆくべきだと思います。それを厚生労働省の“使命”、と呼ぶのではないでしょうか。

201365日 脱稿

厚生労働省医系技官
木村盛世


References

(1) zur Hausen H. Condylomata acuminate and human genital cancer. Cancer Res 1976;36(2 pt 2):794
(2) Koutsky L. Epidemiology of genital human papillomavirus infection. Am J Med 1997;102(5A):3-8
(3)Bosch FX, Manos MM, Munoz N, et al. Prevalence of human papillomavirus in cervical cancer: a worldwide perspective. International biological study on cervical cancer(IBSCC) study group. J Natl Cancer Inst 1995;87(11):796-802
(6)Charlotte JH, Human papillomavirus vaccination-Reasons for caution. N Engl J Med 2008;359:861-862
(7) James C, Sara A, Michelle MM.HPV vaccination mandated-Lawmaking amid political and scientific controversy. N Engl J Med 2010;363:785-791
(8) Ferenczy A, Franco E, Cervial-cancer screening beyond the year 2000. Lancet Oncol 2001;2:27-32
(9)




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2013年6月17日

風疹流行は国際問題!

NHKニュース特設「ストップ風疹 ~赤ちゃんを守れ~」 参照
http://www3.nhk.or.jp/news/stopfushin/


過去最悪の風疹の流行が治まりません。患者の9割は、風疹の予防接種を受けていない、20~40代の男性です。風疹は予防接種により防ぐことが出来ますので、受けていないか、あるいは受けたかどうかはっきりしない人は、予防接種を受けられることを強くお勧めします。


風疹は、風疹ウイルスが、口や鼻から感染することによって罹ります。最も重大な結末を引き起こすのが、妊娠初期の女性が罹った時です。

妊婦が風疹にかかると胎児が風疹ウイルスに感染し、難聴、心疾患、白内障、そして精神や身体の発達の遅れ等の障害をもった子こどもがうまれることがあります。


妊婦に予防接種をすることは出来ず、このような先天性風疹症候群(CRS)を防ぐためには、風疹の予防接種を妊娠する前に行うことです。そして、妊娠する可能性のある女性の周りにいる人たちで、予防接種をしていない可能性のある人は、速やかに接種を済ませることが極めて重要です。


かつて日本は「麻疹輸出国」と揶揄されました。これは、麻疹の予防接種をしていない日本人が海外で麻疹にかかり、それが広がったからです。麻疹もワクチンで防げる感染症で、もし罹れば、死に至る危険性もある病気です。それ故、諸外国ではワクチン接種が徹底され、アメリカなどでは、予防接種を受けていなければ小学校入学を許可されません。


このように、ワクチンで防げる病気に対して必要なワクチン接種をせず、その感染症を流行させることは、国内の問題のみならず、重大な国際問題をも引き起こします。


厚労省は、速やかにワクチンを海外から輸入し、必要な人たちに接種できるよう、財政面においてもバックアップ体制をとることが必要です。

これがまさに「危機管理」であり、その対応如何によっては、日本の危機管理体制を問われる事になりかねない、きわめて重要な問題であることを認識すべきだと思います。

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2013年4月26日

Evil eye and unequal hand ~インフルエンザ特措法



インフルエンザ特措法に関しては、前回のブログでもご紹介しましたが、重要な問題なので、再度取り上げます。


インフル特措法 「新型」流行への備えを万全に(4月14日付・読売社説) 
従来にないタイプのウイルスが大流行を引き起こす新型インフルエンザの発生に備え、特別措置法が施行された。 新法を踏まえ、政府や自治体は流行防止への体制整備に万全を期すべきだ。 新型インフルエンザは、鳥や豚の体内にあるウイルスが突然変異し、人から人へ感染しやすくなったものだ。免疫を持つ人がいないため、爆発的に流行し、多くの死者が出る恐れもある。 中国の上海周辺や北京で鳥インフルエンザウイルスの人への感染が問題となっているが、人同士の感染は確認されていない。現時点では、新法が規定している新型インフルエンザには該当しない。 しかし、警戒は怠れない。早期に体制を整えるため、政府が前倒しで特措法を施行したのは、適切な判断と言えよう。 2009年に新型インフルエンザが流行した際、集客イベントの開催などを巡って県や市町村の対応が異なり、混乱が生じた。 特措法は、こうした教訓から制定された。政府や自治体に行動計画の策定を義務付けた。新型インフルエンザの発生で大きな被害が予測される場合には、首相が緊急事態を宣言し、行動計画に基づく対策が講じられる。 ポイントとなるのが、知事の権限で学校や幼稚園を休校・休園にすることだ。劇場や博物館、百貨店などに対しても、営業制限や一時休業を指示できる。従わない場合は、施設名を公表する。 1か所に多くの人が集まると、感染が広がりやすい。経済活動が制約されることになるが、やむを得ない措置だろう。 だが、長期化すれば企業経営や景気などに影響が出る。制限は必要最小限にとどめるべきだ。そのためには、ウイルスの毒性の強さなどを正確に把握し、危険性を見極めることが重要になる。 医薬品や食品などの安定供給のため、国や自治体は、業者から物資を強制的に供出させることもできる。大地震などの災害時にも応用できる措置と言えよう。 特措法は、効率的なワクチン接種も求めている。医療関係者や鉄道、電気、ガス事業などの従事者に優先接種する。社会活動を維持するためには、必要な対策だ。 ただ、ワクチンは、発症や重症化の割合を減らすものの、感染自体を防ぐことはできない。 手洗いを励行する。症状の兆しがあれば外出を控える。政府が感染防止の注意点を国民に周知することが、まずは大切である。
(2013年4月14日01時37分  読売新聞)

今までヒトに感染したという報告の無い、H7N9インフルエンザが、中国を中心に広がっています。これを受けて、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下、「特措法」)が、2013年4月13日、前倒しで施行されました(2012年5月11日公布)。
特措法の基本は、「検疫で、インフルエンザの国内発生を食い止める」です。インフルエンザは風邪と同様に、口や鼻からウイルスが侵入することによって起こります。検疫所が行っているのは、サーモグラフィーという機械を用いて、熱がある人を発見し、国内に病気をもちこまない、ということです。今回のインフルエンザが指定感染症になれば(なるのは時間の問題ですが)、感染した人が見つかった場合、感染の疑いもある人を含めて、隔離・停留が出来ることになっています。

そもそも、インフルエンザを、このような方法を用いて「水際」で防ぐことが出来るのでしょうか。サーモグラフィーは体表温度を測るものですから、その設定温度によって、暑い部分が赤くでます。例えば、実際、熱があること以外にも、暑い外気温にさらされたり、アルコールを摂取したりしても赤くなります。また逆に、熱があったとしても表面温度が高くなければ、機械で検知されないこともあります。
それから、インフルエンザには「潜伏期」がありますから、症状が出ていない時期に感染者を見つけ出すことは不可能に近いといえます。実際、2009年のH1N1豚インフルエンザ流行の際には、成田空港において348万人のサーモグラフィチェックを行い、発見されたのはわずか10名でした。この結果を元にしたシミュレーションでは、空港で8名の患者が発見される間に、感染者100名が通過しているという結果も出ています。

水際作戦とはそもそも軍事用語であり、軍事的に効果が無いことは、硫黄島において栗林中将が自ら証明しています。
また、感染症対策においても、14から15世紀に流行したペストでは、汚染国から来た船を40日間沖に留め置きました。これが検疫quarantineの語源となってます。しかしながら、どの国もペストの脅威から免れることは出来ませんでした。
また、特措法に謳われている人の移動の制限や、国境閉鎖、学校閉鎖、集会の禁止なども、インフルエンザを含む感染症に風向だという科学的根拠は得られていません。

特措法は、小松秀樹氏が指摘するとおり、「国に巨大な権限を与えると、インフルエンザから国民を守ることができるという妄想」の元に作られています。インフルエンザである限り、H7N9は日本に入ってくるでしょう。そしてある程度の広がりを見せて、終息してゆきます。最も重要な対策の基本は、その被害の程度を抑える事にあります。すなわち、重症化を出来る限り防ぐことです。インフルエンザに罹って重症化しやすい人は、小さい子ども、高齢者、免疫機能が低下している人達です。これらの人達が、必要なときに、滞りなく医療サービスを受けられることがインフルエンザ対策の第一義であり、科学的根拠に基づかない検疫強化ではありません。

検疫は、検疫法に基づき行われます。これによれば、「隔離」とは英語のquarantineとほぼ同義で、有症者だけでなく、感染した恐れのあるもの(たとえ検査が陰性の健常人も含む)を、検疫所長の権限で留め置くことが可能です。この権限は、人の自由を制限する、すなわち基本的人権に関わる大きな権限です。

1900年、米国カリフォルニア州、サンフランシスコ市で、中国人コミュニティから数人のペスト患者が発生しました。この際、中国人というだけで隔離の対象となり、人道的にも経済的にも大きなダメージを生みました。米国連邦裁判所はこの措置に関して、「偏見に基づく違法な行為」としています。

繰り返しますが、インフルエンザを水際作戦で抑える、という科学的根拠はありません。そのような不確かな手法に対して、人権侵害をも引き起こす、「隔離・停留」という権力行使を許容する今回の措置法は、全く持ってナンセンスであり、廃止すべきであると考えます。
また、特措法の中心をなす検疫法は、昭和初期の時代遅れの法律であり、措置法の廃止とともに、検疫法の速やかな書き換えも、喫緊の仮題です。



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2013年4月15日

インフルエンザ特措法は官製パニックを生み出す悪法


新型インフル対策の特措法、12日にも施行 

 政府は8日、昨年4月に成立し、毒性や感染力が強い新型インフルエンザの対策を定めた特別措置法を12日にも施行する方針を固めた。特措法は流行拡大を防ぐため、都道府県知事が外出自粛や学校の使用制限などを要請できることが柱。5月10日までに施行する予定だったが、中国での鳥インフルエンザの感染拡大を受け、前倒しで調整していた。
日本経済新聞 2013/4/9 0:49配信
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0804S_Y3A400C1CC1000/?%22%20class=%22cmnc-continue



2012年4月に制定された、新型インフルエンザ等特別措置法(以下、特措法)は、4月12日に施行(法律として実行力を持つこと)されることになっています。通常、法律が国会を通過しても、その施行にはおよそ1年かかるので、今回の特措法は異例だといえます。

この法律について論じる前に、今回、中国で発生しているインフルエンザとは、どういう病気なのかまとめてみたいと思います。

(1) H7N9インフルエンザは、通常トリにかかる病気であり、ヒトへの感染が報告されたのは、今回がはじめて(4月16日現在、ヒトヒト感染は確認されていない)
(2) H5N1トリインフルエンザのように、50%以上の致死率をもつ、スーパーキラーウイルスではない
(3) インフルエンザはインフルエンザウイルスによっておこり、気道(鼻や口)から感染する
(4) ウイルスが体の中に入って(感染して)いても、咳や熱などが出る(発病する)までに、数日から1週間程度の「潜伏期」があり、この時期は、健常人と区別できない。しかし、ウイルスは出ているので、他の人を感染させる可能性がある
(5) ウイルスに、特効薬はない
(6) 治療の基本は、休養と対症療法(水分補充、解熱剤使用など)で、ウイルスが体の外に出るまで待つ以外はない

これらの事実を踏まえた上で、特措法を見てみましょう。
特措法の基本は、「検疫、隔離、停留」です。2009年H1N1豚インフルエンザが世界的に流行した際、防護服に身を包んだ検疫官が、魔女狩りのごとく、空港内の患者を見つけようとやっきになっていた姿を思い出される方もいらっしゃるでしょう。
ずいぶん勇ましい姿でしたが、実際、何を行っていたのでしょうか。それは、サーモグラフィーという皮膚の表面温度を測る機械で、熱が出ている人を探したのです。しかし、前述でまとめたとおり、インフルエンザには潜伏期があり、インフルエンザウイルスに感染していたとしても、症状がなければ、その場はすりぬけてしまいます。また、暑かったり、アルコールが入ったりすれば、皮膚温が高くなる人もいます。逆に、体の中の温度は高くても、皮膚温は低いままの人もいます。この様な事例があることを考えれば、サーモグラフィーが、インフルエンザに罹った人を正確に検出できる、万能なものでは無いことがおわかりになると思います。

また、もっとも憂慮すべきは、前に述べた、低病原性のインフルエンザに対して、「隔離、停留」といった戒厳令に匹敵するような法律を適応することです。このような内容は、効果のない手法を導入するという、方法論の立場からもおかしいだけでなく、国民の人権無視とも言える行為を含んでおり、国民は、この法律を見ただけで、「とんでも無く、恐ろしい病気」と錯覚してしまいます。実際は、まったくそうではないことは、繰り返しになりますが、述べておきます。
2009年の検疫強化による水際作戦は、「国に絶対の権限を与えれば、インフルエンザは防げる」という幻想のもとに成り立っており、科学的根拠はありません。すなわち、国が幻想の上で作り上げた、「官製パニック」といえるでしょう。

インフルエンザは頭の良いウイルスであり、自分が捕まって殺されないように、次々と顔を変えるのです。それを「変異」と呼びます。変異しやすい特性から、ヒトからヒトへの感染が起こりやすい「顔」に変異する可能性も十分あります。そうなれば、今までヒトの間で広がったことのない(ヒトにとっては免疫のない)ウイルスですから、通常の季節性インフルエンザよりは大きな広がりを見せるでしょう。そして、ある期間を経て、いずれは終息してゆきます。

インフルエンザ対策の基本は、重症例をできるだけ少なくすることにあります。そのためには、重症化しやすい人たちに手厚い医療体制を敷くことが、もっとも重要なことです。重症化しやすい人とは、高齢者、小さい子供、抗癌剤治療を受けているような、免疫機能が低下している人、糖尿病患者などです。このような人たちが感染症に罹れば、健常人と比べて重症化しやすいのは、インフルエンザでも、他の感染症でも同じことです。2009年には「発熱外来」なるものが登場しましたが、このような代物を作れば、通常、病院に来なくても、水分を摂って休んでいれば治るような健常人も押し寄せ、医療機関がパンクしてしまいます。となると、先ほど挙げた、重症化しやすい人たちがいざ病院に罹りたくても、十分な治療を受けられないという状態になりかねません。「発熱外来」は、国自ら重症化を推進しているようなものですから、絶対行ってはならないものです。

繰り返しますが、今回のインフルエンザは、H5N1トリインフルエンザのように、高い致死率を有する、スパーキラーではありません。たとえヒトヒト感染が起こったとしても、低病原性であることは変わりありません。水分が摂れない、息が苦しいなど、自分で「いつもと状況が違う」と感じられたときは、もちろん医療機関を受診する必要がありますが、健常人であれば、水分を良く摂り、十分な休養をすればよくなります。病院には、抗がん剤治療をしている方、術後の方など、インフルエンザに罹ると重症化してしまうような方が大勢います。そのような方たちに、インフルエンザが広がれば、多くの重症例が発生し、死亡例が出ることは必至です。

行政にとってやらなければならないのは、正しいインフルエンザの知識と情報であり、幻想の上に構築された、検疫強化ではないのです。この悪法は速やかに廃止すべきだと思います。

最後に、国民ひとりひとりが、煽りや、虚偽の情報に踊らされることなく、冷静に対処されることを切に望みます。

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2013年4月3日

第二の新型インフルエンザ『狂想曲』とならないようにーH7N9報道をうけて

<鳥インフル>ヒトへの感染しやすく変異 国立感染研が確認
 中国で鳥インフルエンザウイルス(H7N9型)の感染者7人が確認された問題で、国立感染症研究所の分析で、ウイルスがヒトへ感染しやすく変異していることが確認された。
 今回のウイルスを分析した国立感染症研究所の田代真人・インフルエンザウイルス研究センター長によると、ウイルスはヒトに感染できるように変異し、哺乳類の体内で増殖しやすくなっていたという。田代センター長は、ヒトからヒトへの感染は確認されていないが、上海市のケースでは可能性が否定できないとの見方を示す。
 東北大の押谷仁教授(ウイルス学)は、ウイルスに大きな変化が起きた可能性を懸念し、「ヒトからヒトへの感染の危険性が増していると考えることもできる。その場合、大きな被害をもたらす可能性はあり、かなり注意が必要だ」としている。【藤野基文】
毎日新聞 4月3日(水)12時58分配信




中国でトリ由来のインフルエンザ(H7N9)が発生しました。このウイルスによって、どの程度ヒトヒト感染が起こるのか、また病原性の度合い(高病原性か邸病原性か)を見極める必要があります。
高病原性という可能性があるのなか、自然発生的なものなのか、人為的なものなのか、という決定を政府は必ず行う必要があります。現在の病原体による流行に関しては、バイオテロの危険性が必ずつきまといますから、国家としての危機管理上、必ず疑ってかからねばならないのは、世界の常識と言えます。わが国の危機意識は世界標準から比べると段違いに低いので、政府がそれを認識する事が急務と言えます。

自然発生的なインフルエンザであれば、その侵入を食い止める事は不可能です。空港閉鎖、学校閉鎖、交通路の遮断、検疫強化などは、インフルエンザ流行を抑えたというエビデンスのないものです。特に、2009年に主要空港を中心に行われた検疫強化は、H1N1インフルエンザに罹った人に対して、不必要な社会的差別化を生む結果となりました。

現在の政府のインフルエンザ対策は、未だに「検疫強化」が中心となっているので、今回のH7N9インフルエンザ対策を行う際には、先ず、この方針を根本的に変更する必要があります。

インフルエンザが流行した場合、ある程度の犠牲を出して、その後かならず終息に向かいます。
ですから、その対策において最も重要なのは、その広がりの程度、犠牲の程度を出来るだけ縮小させることにあります。
具体的には、正しい情報を国民に周知すること(うがい、手洗い、体調管理の重要性など)が大切です。また、患者が医療機関に殺到して、真に治療が必要な、免疫能低下者、若年層、高齢者といった人達が、十分な治療を受けられない、といった状況を回避するために、地域を中心とした医療機関の取り組みが非常に重要なことです。

今までの政府のやり方はすべてトップダウンであり、それによって、現場の要らぬ疲弊と、対応の遅れという、副産物を生み出してきました。
過去の轍を踏まないこと、それはひいては国民の幸いに繋がることを肝に銘じて、厚労省は対応すべきだと思います。

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2013年4月2日

木村盛世オフィシャルサイト移転のお知らせ



イースターも終わり、いよいよ春を感じさせるこの頃になりました。
4月は、多くの新しいことが始まりますね。
昨日は、新入社員の方を多く見かけました。
もうすぐ新しい学校生活を開始される方もいらっしゃるでしょう。

そんな中、私も心を新たにしようと思い、オフィシャルサイトを変更することにしました。
長い間、kimuramoriyo.comを拠点にしてきたので、なんだかとても大きな引っ越しをしたような心境です。

新サイトは以下のとおりです。


木村盛世OFFICIAL WEB SITE

かなり不定期な更新ながら、いつも、サイトをご覧いただいている皆様には感謝申し上げます。
今後ともよろしくお願いいたします。


平成25年4月2日

木村盛世
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2013年3月12日

煽りでない、適切なワクチンの議論を求むー子宮頸がんワクチンの副反応報道をうけてー

子宮頸癌ワクチン(以下HPVV)で、歩行困難などの重篤な報告がされました。312日のTV報道でもとりあげられたので、御存じの方も多いのではないでしょうか。

子宮頸がんワクチン重い副反応 中学生、長期通学不能に
朝日新聞デジタル 3月8日(金)9時28分配信
 【斎藤智子】子宮頸(けい)がんワクチン「サーバリックス」を接種した東京都杉並区の女子中学生(14)が、歩行障害などの重い症状が出て、1年3カ月にわたり通学できない状況だったことが、7日の区議会で明らかになった。無料接種を行った区は「接種の副反応」と認め、補償する方針だ。補償額は未定。
 サーバリックスは3回の接種が必要。母親によると、女子中学生は12歳だった2011年10月に区内の医療機関で2回目の接種をした。その直後、接種した左腕がしびれ、腫れて痛む症状が出た。症状は脚や背中にも広がり入院。今年1月には通学できる状態になったが、割り算ができないなどの症状が残っているという。
 接種した区内の医療機関は「サーバリックスの副反応」と診断し保健所に報告した。厚生労働省によると、昨年8月末の時点で、全国で接種した延べ663万5千人のうち956人に副反応が起きているという。失神が多いが「四肢の運動能力低下」「歩行不能」などで未回復の例もあり、副反応の発生率はインフルエンザワクチンの10倍程度という。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130308-00000017-asahi-soci
ワクチンに関する事は、今までも何度か書いてきましたが、大変に重要な問題であり、かつ、正確な情報が充分周知されているとはいえないので、再度取り上げることとします。

まず、HPVVの副反応について論じる前に、ワクチンとは何か?という事を、改めて整理し直しておきましょう。


1.ワクチンの本来の目的は、「当該疾患の根絶」である。
2.疾患根絶のために必要なワクチンの有効性(efficacy)は、90%以上。
3.ワクチンには副反応が伴う。
4.ワクチンはPublic Healthの最も有効なツールである。
5.ワクチン導入に関しては、優先順位を含めて、費用対効果の検討が不可欠。

ワクチンで予防可能な疾患(VPDVaccine Preventable Diseases)はワクチンで予防するこれが、WHOの定義です。ところが、わが国の予防接種法を読む限り、一体何を求めているのかよくわからないピンボケです。よく、「ワクチンについてよくわからない」という声を聞きますが、それは、国のワクチンに対する考え方がよくわからないのですから、当然と言えます。
まずは、WHOと同様の定義を、法律に入れ込むことが、最重要課題だといえるでしょう。

もともとワクチンは、感染症根絶のツールとして登場しました。有効なワクチンが疾患根絶可能であることを示したのが、天然痘です。1976年ソマリアでの患者を最後に、天然痘患者は地球上からいなくなりました。
一方、有効でないワクチンは疾患根絶が不可能であることを示した代表例は、結核です。
BCGは、ワクチンの有効性を最も近代的な疫学手法を用いて証明した、最も美しく、完璧な、疾患モデルだと称されます。何十年にもわたり、異なった集団を用いて行われた疫学研究の結果、BCGの有効性は不確定」という結論が出されました。
この研究チームのリーダーを務めたのが、私の恩師である、Dr. GW Comstockです。彼らの意見を取り入れ、アメリカ合衆国は、国としてのBCG導入を行いませんでした。結果として、アメリカはワクチン以外の優れた手法(DOTS)により、世界の最も低い罹患率を保っています。
これに対して、BCGをメインに続けているわが国は、「結核中進国」というありがたくないレッテルを貼られている状況で、これを見てもワクチンの有効性というのが、疾患コントロールに大きな影響を示すことがわかります。

ワクチンには副反応が必ずつきまといます。時として、ワクチン接種によって、命を落とす場合もあります。しかし、ワクチンの本来の目的が、集団における、疾患根絶を目的としている以上、少数の副反応は無視する必要があります。これが、患者を個別に診る臨床医学との大きな違いです。
それ故、ワクチンの副反応発生においては、1人、2人、という絶対数ではなく、人口対何人(例:10/100,000万人)という尺度で議論します。この考え方を、Public Healthと呼びます。我が国は、このPublic Healthの概念が非常に希薄です。それ故、分母を無視して、「1人、2人」という絶対数で議論がされることが多いのです。
 2009年に流行した、新型インフルエンザ(おかしな名前ですが)の際、「今日また新たに1人亡くなりました」、「今日もまた一人亡くなりました。累積死亡数、**人です」といった報道ばかりされていたのを覚えていらっしゃるでしょうか。
通常流行するインフルエンザでも死者は出ます。問題は、それがどの程度のインパクトを持っているかです。5人の死亡といっても、50人中5人なのか、それとも10万人中5人なのかでは、社会としての重篤性が全く異なるからです。

「費用対効果」という言葉はこのごろよく耳にします。ある結果を得るのにどれだけの費用がかかったか、ということです。ワクチンであれば、ある集団にワクチン導入をして救える死亡者数と、それにかかる費用との対比です。効果に対してどれだけお金を費やさなければならないかは、公費を使う上で絶対に議論が必要です。
特に、有効性がはっきりしていないワクチンを、「ある程度は効くかもしれない」として導入するためには、それ相応の説得力がなければなりません。日本はこの概念がとても希薄です。

いささか冷たい印象を与えるかもしれませんが、以上の概念が、Public Healthのツールであるワクチンに関して、最も基本的な概念です。繰り返しますが、わが国のPublic Healthに対する考えの希薄さが、ワクチン行政が説得力を持たない、大きな原因のひとつです。


この視点に立った上で、HPVVに関して考えてみます。
まずは今回のHPVV副反応についてですが、HPVVによるものであれば、重篤な副反応であることは確かです。その他にも、同様の重症例があるという話ですが、それがHPVVと関連があるかどうかを検討すべきです。
しかし、副反応はワクチンにつきものです。程度の差はあっても必ず副反応が伴います。重篤になれば死亡したり、重い後遺症をのこすこともあります。
まずは、被害の程度(人口10万対何人か、重症度はどのくらいか)、ワクチンとの因果関係などをできるだけ正確に調査することが必要です。もし、あるロットに原因があるのであれば、問題となるロットを回収すべきですし、特定の物質が原因であれば、それを除去する対応も必要です。また、被害の程度に応じて、速やかにかつ十分な補償が行える、制度の充実も必要不可欠です。

「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」事務局長(発言当時)の高畑氏の文章を引用します。

接種を受ける側としては、いくら私の息子がHib髄膜炎にかかったからといって、やはりすべてのワクチンを無条件で受け入れるという気持にはなれません。やはり何かあったときの補償制度というのは、極めて重要だと考えています。それで現状の補償制度を考えると、不十分な面が多々あるかということです。 そもそも国民的合意の下で、集団免疫、社会的防衛を期待して、定期接種をするという側面がある以上は、予防接種に伴う被害は社会全体で支えるものであって、被害者の方が自ら動いて、努力して、救済を受けるという筋のものではないと考えています。 現状、例えばポリオの二次感染の被害は、同居の家族しか補償されないという話を伺ったことがあります。また、糞便の中からポリオのワクチン株ウイルスが検出されたとしても、他に麻痺を伴うようなウイルス等が検出されると、補償を受けられないということも聞いたことがあります。正確かどうかはわかりません。そういったものを、被害を受けたご本人が証明するというのは、非常に難しいと思います。被害を生じた場合の手続というのは、迅速かつご本人に負担のかからないように、そして十分な補償をということを、是非定期接種化を論じる上でご検討いただければと思います。http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000vxa6.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000bx23-att/2r9852000000byg7.pdf
(引用終わり)

HPVVは良い意味でも悪い意味でも、様々な反響を呼んできました。良い面は、がんをワクチンで予防できるかもしれない、という、ワクチン史上非常に重要なものだということです。ところが、その導入を急ぐあまり、そのやり方に対して多くの不信感を生んできたのも事実です。
まだ歴史が浅く、がん予防の効果もはっきりしていません。また、わが国は、いわゆる先進国の中で、稀に見る「ワクチン後進国」であり、WHOが勧告しているワクチンの多くを取り入れていないのが現状です。例えば、Hibワクチン、IPVB型肝炎ワクチン、ロタウイルスワクチンなどです。前に書いたように、VPDはワクチンで予防するのが世界的定義であり、VPDの多くは小児の疾患です。子供がVPDで命を落とすことは、将来の働き手を失う事であり、国力が弱まります。それ故、ワクチンは国策として、公費で行われるのです。
税金を使ってワクチン接種が行われる以上、必要かつ重要なワクチンから、優先順位をつけて導入する必要があります。前述のHibワクチン、IPVなどは、まさにトップの優先順位を与えられるものです。このワクチン本来の目的から鑑みても、ワクチン後進国である我が国にとって、HPVVの優先順位は低いでしょう。なぜそれほど早急に、優先順位の高い、他のワクチンを差し置いてHPVVが導入されたのか、疑問が残るところです。

ですから、今回の副反応の状況を把握するとともに、HPVVを続けるかどうか、といった、包括的な議論はどんどんすべきと考えます。

ワクチンは多くの可能性を含んでいます。疾患のコントロールだけでなく、経済効果も期待される領域です。忘れてはならないのは、ワクチンは、VPDを予防する事であり、ひいては国力を維持するためのものです。それ故、その優先順位の決定、継続の可否、副反応の認定などは、中立的な立場から論じなければなりません。
ワクチン行政は厚労省の管轄ですが、厚労省はその役目を十分果たしてはいません。それは法整備がなされていないという事に加えて、真の専門家やワクチンを打つ側・受ける側などを交えた中立的な議論を集約する母体になっていないからです。「省益の優先」という官僚制度が蔓延する中では、決して成り立ちえないことなのです。ですから、行政から独立した、ワクチンセンターを設立することが何よりも重要だと考えています。


最後になりますが、ワクチンの副反応が大きく報道され、ワクチンに対するネガティヴな面だけを強調することは避けねばならないと思っています。ワクチンから受ける被害があると同時に、必要なワクチンを受けられない事によって生じる死亡などの健康被害を、私たちはもっと重要視する必要があるのではないでしょうか。
今回の報道が、ワクチンに対する関心を大きくしてくれることを期待するとともに、ワクチン反対派・推進派といった、不必要な対立構造だけが強調されないことを切に望みます。





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