2013年3月12日

煽りでない、適切なワクチンの議論を求むー子宮頸がんワクチンの副反応報道をうけてー

子宮頸癌ワクチン(以下HPVV)で、歩行困難などの重篤な報告がされました。312日のTV報道でもとりあげられたので、御存じの方も多いのではないでしょうか。

子宮頸がんワクチン重い副反応 中学生、長期通学不能に
朝日新聞デジタル 3月8日(金)9時28分配信
 【斎藤智子】子宮頸(けい)がんワクチン「サーバリックス」を接種した東京都杉並区の女子中学生(14)が、歩行障害などの重い症状が出て、1年3カ月にわたり通学できない状況だったことが、7日の区議会で明らかになった。無料接種を行った区は「接種の副反応」と認め、補償する方針だ。補償額は未定。
 サーバリックスは3回の接種が必要。母親によると、女子中学生は12歳だった2011年10月に区内の医療機関で2回目の接種をした。その直後、接種した左腕がしびれ、腫れて痛む症状が出た。症状は脚や背中にも広がり入院。今年1月には通学できる状態になったが、割り算ができないなどの症状が残っているという。
 接種した区内の医療機関は「サーバリックスの副反応」と診断し保健所に報告した。厚生労働省によると、昨年8月末の時点で、全国で接種した延べ663万5千人のうち956人に副反応が起きているという。失神が多いが「四肢の運動能力低下」「歩行不能」などで未回復の例もあり、副反応の発生率はインフルエンザワクチンの10倍程度という。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130308-00000017-asahi-soci
ワクチンに関する事は、今までも何度か書いてきましたが、大変に重要な問題であり、かつ、正確な情報が充分周知されているとはいえないので、再度取り上げることとします。

まず、HPVVの副反応について論じる前に、ワクチンとは何か?という事を、改めて整理し直しておきましょう。


1.ワクチンの本来の目的は、「当該疾患の根絶」である。
2.疾患根絶のために必要なワクチンの有効性(efficacy)は、90%以上。
3.ワクチンには副反応が伴う。
4.ワクチンはPublic Healthの最も有効なツールである。
5.ワクチン導入に関しては、優先順位を含めて、費用対効果の検討が不可欠。

ワクチンで予防可能な疾患(VPDVaccine Preventable Diseases)はワクチンで予防するこれが、WHOの定義です。ところが、わが国の予防接種法を読む限り、一体何を求めているのかよくわからないピンボケです。よく、「ワクチンについてよくわからない」という声を聞きますが、それは、国のワクチンに対する考え方がよくわからないのですから、当然と言えます。
まずは、WHOと同様の定義を、法律に入れ込むことが、最重要課題だといえるでしょう。

もともとワクチンは、感染症根絶のツールとして登場しました。有効なワクチンが疾患根絶可能であることを示したのが、天然痘です。1976年ソマリアでの患者を最後に、天然痘患者は地球上からいなくなりました。
一方、有効でないワクチンは疾患根絶が不可能であることを示した代表例は、結核です。
BCGは、ワクチンの有効性を最も近代的な疫学手法を用いて証明した、最も美しく、完璧な、疾患モデルだと称されます。何十年にもわたり、異なった集団を用いて行われた疫学研究の結果、BCGの有効性は不確定」という結論が出されました。
この研究チームのリーダーを務めたのが、私の恩師である、Dr. GW Comstockです。彼らの意見を取り入れ、アメリカ合衆国は、国としてのBCG導入を行いませんでした。結果として、アメリカはワクチン以外の優れた手法(DOTS)により、世界の最も低い罹患率を保っています。
これに対して、BCGをメインに続けているわが国は、「結核中進国」というありがたくないレッテルを貼られている状況で、これを見てもワクチンの有効性というのが、疾患コントロールに大きな影響を示すことがわかります。

ワクチンには副反応が必ずつきまといます。時として、ワクチン接種によって、命を落とす場合もあります。しかし、ワクチンの本来の目的が、集団における、疾患根絶を目的としている以上、少数の副反応は無視する必要があります。これが、患者を個別に診る臨床医学との大きな違いです。
それ故、ワクチンの副反応発生においては、1人、2人、という絶対数ではなく、人口対何人(例:10/100,000万人)という尺度で議論します。この考え方を、Public Healthと呼びます。我が国は、このPublic Healthの概念が非常に希薄です。それ故、分母を無視して、「1人、2人」という絶対数で議論がされることが多いのです。
 2009年に流行した、新型インフルエンザ(おかしな名前ですが)の際、「今日また新たに1人亡くなりました」、「今日もまた一人亡くなりました。累積死亡数、**人です」といった報道ばかりされていたのを覚えていらっしゃるでしょうか。
通常流行するインフルエンザでも死者は出ます。問題は、それがどの程度のインパクトを持っているかです。5人の死亡といっても、50人中5人なのか、それとも10万人中5人なのかでは、社会としての重篤性が全く異なるからです。

「費用対効果」という言葉はこのごろよく耳にします。ある結果を得るのにどれだけの費用がかかったか、ということです。ワクチンであれば、ある集団にワクチン導入をして救える死亡者数と、それにかかる費用との対比です。効果に対してどれだけお金を費やさなければならないかは、公費を使う上で絶対に議論が必要です。
特に、有効性がはっきりしていないワクチンを、「ある程度は効くかもしれない」として導入するためには、それ相応の説得力がなければなりません。日本はこの概念がとても希薄です。

いささか冷たい印象を与えるかもしれませんが、以上の概念が、Public Healthのツールであるワクチンに関して、最も基本的な概念です。繰り返しますが、わが国のPublic Healthに対する考えの希薄さが、ワクチン行政が説得力を持たない、大きな原因のひとつです。


この視点に立った上で、HPVVに関して考えてみます。
まずは今回のHPVV副反応についてですが、HPVVによるものであれば、重篤な副反応であることは確かです。その他にも、同様の重症例があるという話ですが、それがHPVVと関連があるかどうかを検討すべきです。
しかし、副反応はワクチンにつきものです。程度の差はあっても必ず副反応が伴います。重篤になれば死亡したり、重い後遺症をのこすこともあります。
まずは、被害の程度(人口10万対何人か、重症度はどのくらいか)、ワクチンとの因果関係などをできるだけ正確に調査することが必要です。もし、あるロットに原因があるのであれば、問題となるロットを回収すべきですし、特定の物質が原因であれば、それを除去する対応も必要です。また、被害の程度に応じて、速やかにかつ十分な補償が行える、制度の充実も必要不可欠です。

「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」事務局長(発言当時)の高畑氏の文章を引用します。

接種を受ける側としては、いくら私の息子がHib髄膜炎にかかったからといって、やはりすべてのワクチンを無条件で受け入れるという気持にはなれません。やはり何かあったときの補償制度というのは、極めて重要だと考えています。それで現状の補償制度を考えると、不十分な面が多々あるかということです。 そもそも国民的合意の下で、集団免疫、社会的防衛を期待して、定期接種をするという側面がある以上は、予防接種に伴う被害は社会全体で支えるものであって、被害者の方が自ら動いて、努力して、救済を受けるという筋のものではないと考えています。 現状、例えばポリオの二次感染の被害は、同居の家族しか補償されないという話を伺ったことがあります。また、糞便の中からポリオのワクチン株ウイルスが検出されたとしても、他に麻痺を伴うようなウイルス等が検出されると、補償を受けられないということも聞いたことがあります。正確かどうかはわかりません。そういったものを、被害を受けたご本人が証明するというのは、非常に難しいと思います。被害を生じた場合の手続というのは、迅速かつご本人に負担のかからないように、そして十分な補償をということを、是非定期接種化を論じる上でご検討いただければと思います。http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000vxa6.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000bx23-att/2r9852000000byg7.pdf
(引用終わり)

HPVVは良い意味でも悪い意味でも、様々な反響を呼んできました。良い面は、がんをワクチンで予防できるかもしれない、という、ワクチン史上非常に重要なものだということです。ところが、その導入を急ぐあまり、そのやり方に対して多くの不信感を生んできたのも事実です。
まだ歴史が浅く、がん予防の効果もはっきりしていません。また、わが国は、いわゆる先進国の中で、稀に見る「ワクチン後進国」であり、WHOが勧告しているワクチンの多くを取り入れていないのが現状です。例えば、Hibワクチン、IPVB型肝炎ワクチン、ロタウイルスワクチンなどです。前に書いたように、VPDはワクチンで予防するのが世界的定義であり、VPDの多くは小児の疾患です。子供がVPDで命を落とすことは、将来の働き手を失う事であり、国力が弱まります。それ故、ワクチンは国策として、公費で行われるのです。
税金を使ってワクチン接種が行われる以上、必要かつ重要なワクチンから、優先順位をつけて導入する必要があります。前述のHibワクチン、IPVなどは、まさにトップの優先順位を与えられるものです。このワクチン本来の目的から鑑みても、ワクチン後進国である我が国にとって、HPVVの優先順位は低いでしょう。なぜそれほど早急に、優先順位の高い、他のワクチンを差し置いてHPVVが導入されたのか、疑問が残るところです。

ですから、今回の副反応の状況を把握するとともに、HPVVを続けるかどうか、といった、包括的な議論はどんどんすべきと考えます。

ワクチンは多くの可能性を含んでいます。疾患のコントロールだけでなく、経済効果も期待される領域です。忘れてはならないのは、ワクチンは、VPDを予防する事であり、ひいては国力を維持するためのものです。それ故、その優先順位の決定、継続の可否、副反応の認定などは、中立的な立場から論じなければなりません。
ワクチン行政は厚労省の管轄ですが、厚労省はその役目を十分果たしてはいません。それは法整備がなされていないという事に加えて、真の専門家やワクチンを打つ側・受ける側などを交えた中立的な議論を集約する母体になっていないからです。「省益の優先」という官僚制度が蔓延する中では、決して成り立ちえないことなのです。ですから、行政から独立した、ワクチンセンターを設立することが何よりも重要だと考えています。


最後になりますが、ワクチンの副反応が大きく報道され、ワクチンに対するネガティヴな面だけを強調することは避けねばならないと思っています。ワクチンから受ける被害があると同時に、必要なワクチンを受けられない事によって生じる死亡などの健康被害を、私たちはもっと重要視する必要があるのではないでしょうか。
今回の報道が、ワクチンに対する関心を大きくしてくれることを期待するとともに、ワクチン反対派・推進派といった、不必要な対立構造だけが強調されないことを切に望みます。





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