2013年6月27日

我が国のワクチン行政は、“ずれて”いる -子宮頸がんと風疹の優先順位を巡って-

以下の文は、2013年6月26日発刊、『WILL』8月号に掲載された、「子宮頸がんワクチンの闇」に加筆したものです。



私が、HPV(Human papillomavirus:ヒトパピロマウイルス)ワクチンに関する問題を取り上げてから、3年が過ぎようとしています。
現在、このワクチンの重篤な有害事象などがメディアなどで取り上げられています。
私は、このワクチンの導入が非常に不自然な形で行われたことに対して違和感があり、今一度の議論が必要だと感じています。それと同時に、ワクチンの健康被害に関して、ワクチン推進派とアンチワクチン派という対立構図は、両者にとって良くない方向に進んでいると、大いなる懸念をもっています。

なぜ私がそう考えるのか、これから論じてゆこうと思います。

なお、HPVワクチンについては、諸外国では男女の生殖器周囲がんの予防のために接種が承認されていますが、我が国ではその適応が子宮頸がんだけ(20136月現在)となっているので、この文章の中で、特に明記することがない限り、子宮頸がんに関する効果等を示すことにします。

HPVと子宮頸がんの関連が言い出されたのは、1970年代のことでした(1)。その後、分子生物学、疫学分野での研究が行われ、HPVは、子宮頸がんだけでなく、主に性交渉を通じて発生する肛門生殖器周囲のがん発生の一原因であることが明らかになってきました(2)(3)
また現在では、口腔咽頭がんや、呼吸器の良性腫瘍を発生させる可能性も示唆されています。HPVワクチンは、HPV感染を防御する役割があることが示されたため、欧米を中心とする諸外国では、HPVワクチンが、子宮頸がんのターゲットとなる女性だけでなく、男性のがんなどに関する予防が期待できるワクチンとして認可され、使用されるようになりました。今までワクチンといえば、麻疹や風疹に代表される感染症を予防するものですので、それが、がんまで予防すると言うことに対して、大きな期待が集まったのは、当然のことといえるでしょう。

HPVワクチンは2000年になってから、医療現場で使用されるようになりました。例えば米国では、200668日、世界初のHPVワクチンであるガーダシルを、HPVに対するワクチンとして、FDA(US Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)が承認しました。ガーダシルはこの承認と同時に、HPV6型、11型、16型、18型を標的とし、9歳から26歳の女性の子宮頸がんと前がん状態を予防すること、また、尖圭コンジローマ(生殖器に出来るいぼ)予防のためのワクチンとして、ライセンスを取得しました。2008912日には、陰唇ならびに膣のがん予防ワクチンとしての承認、20091016日、927歳男性のHPV911型に対する、尖圭コンジローマ予防ワクチンとして承認、20101222日、男女(927歳)の肛門上皮内腫瘍ならびに肛門腫瘍予防ワクチンとしての承認を得ています。これらの承認結果を基にして、ACIPAdvisory Committee on Immunization Practices:予防接種諮問委員会)は、小児ワクチンプログラムの一つとしてHPVワクチンを導入することを決定し、20115月には、子宮頸がんなどの女性特有の疾患だけでなく、その適応を男性にまで広げることを勧告しました。ACIPというのは、ワクチンのスケジュールや種類、適応など、ワクチン全般に関して勧告を行う専門集団で、アメリカのワクチン行政は、全てこのACIPの意見に基づいて施行されています(4)

WHOも子宮頸がんをはじめとする、HPV関連疾患予防のためにHPVワクチンの導入を推奨し、欧米を中心にHPVワクチンが導入され、WHO2010年報告によれば、認可をしている国は100カ国以上、公費助成などの国策としている国は22カ国です(5)。

我が国のワクチン行政は諸外国に比して大きく立ち後れており、そのワクチンギャップを埋めることは早急の課題です。
有効なワクチンは、当該疾患をワクチンだけで根絶することが出来ます。その代表例が天然痘ワクチンで、ワクチン接種を全世界的に行ったことによって、長年人類を苦しめてきた感染症は、1976年、ソマリアでの患者を最後に、地球上からなくなりました。またポリオワクチンもその有効性が確立されているため、WHOがポリオ根絶に向かって歩んでいるところです。
ワクチンには必ず副反応が伴います。それが健康に対して悪い影響を及ぼすものを、有害事象と呼びます。その多くは、接種部位が腫れたり、かゆくなったりすると言う軽微なものですが、時としては、ワクチンに対するアレルギー反応(アナフィラキシー)などによって、死亡したり、重篤な後遺症を残すこともあります。これらのマイナス面があったとしても、有効なワクチンによって、日本国国民あるいは世界というマスを当該疾患から守る、というベネフィットがあるから、ワクチンは使われるのです。この考え方の基礎となるのがpublic healthです。

Public Healthの考えは、臨床医が患者個人を相手に治療をするのと異なり、集団の健康問題をターゲットにするため、「Aさんという患者さんが、子宮頸がんに罹った。それ故、治療した結果、5年たった今でも再発していない」という表現を使うのではなく、「人の集団10万人のうち、20人が子宮頸癌に罹った。そのため、治療をした結果、5年たって生きている患者は、人口10万対何人である」という言い方をします。2つの表現で何が違うのかというと、前者は、Aさんという一個人の帰結を問題にしているのに対して、後者は、集団としてのインパクトを問題にしているという点です。

我が国は、このpublic healthの概念が非常に希薄な国です。それ故、何かの感染症が流行した際などに、人口何人のうち、何人の患者が発生し、死亡したのか、という報道がされず、1人、2人、という絶対数だけが取り上げられる傾向が強いです。例えば、新型インフルエンザが10人発生したと仮定します。しかし、100人の中の10人と、100万人の中の10人では、社会的な意味合いが全く違ってきます。日常生活で考えてみると、100円パンの10円引きなのか、それとも100万円する指輪が10円引きなのかでは、物理的にも心理的にも大きな隔たりがあると考えると、イメージしやすいかもしれません。


麻疹、風疹に代表される感染症は、感染力が強く、一人の患者が発生すると、多くの人に広がる危険性があります。広がりが大きくなるだけではなく、特に子どもは命を落としたり、脳炎などの重篤な合併症を生じたり、後遺症を残したりします。また、予防接種を受けていない妊婦が風疹にかかると胎児が風疹ウイルスに感染し、難聴、心疾患、白内障、そして精神や身体の発達の遅れ等の障害をもった子どもがうまれることがあります。ワクチンで予防可能な疾患(VPDvaccine Preventable Diseases)をワクチンで予防することは、このような障害を未然に防ぐということにもなります。それ故、効果的なワクチンの導入は、集団や国家を守るために必要不可欠です。

子どもたちは親にとっての宝物だけでなく、将来の社会の担い手となりますから、その集団が小さくなってゆくことは、大きな社会の損失、すなわち国力を失うことになります。それ故、乳幼児のうちに決められたワクチン接種が求められます。ワクチンは、Public Healthの考えに則って行われると前にも書きましたが、Public Healthの概念は、マスを救うことであり、国防につながる考え方です。この考えがないと、効果的なワクチンに対しての副反応で重症例が出た場合、すぐにワクチン接種を止めてしまう、というスタンスになります。これでは、ワクチンで当該疾患を予防するという本来の目的を達成できないのは明らかです。日本のワクチン接種は、諸外国に比べて大きく立ち後れており、そのワクチンギャップのために、2007年大学生の間で麻疹が大流行し、海外に飛び火しました。それ故、日本は「麻疹輸出国」というありがたくないレッテルを貼られました。

米国はじめとする先進諸国は、ワクチンを非常に有効なツールと考え、10種類以上のワクチンを決められた時期に接種することが義務付けられています。アレルギーなどの特別な理由が無い限り、ワクチン接種は学校に入学する上での必要条件となっています。

このようにワクチンに対して、親和性が強い国々でも、HPVワクチンに関しては大きな疑問が投げかけられました。2010年に発表された論文でも、その義務接種化に関する問題点が論じられています(6(7)

まず、第一に個人の自由との相反性です。義務接種化には(HPVワクチンに限らず)、“個人の自由の制限”が常に伴います。Public Healthは国益を守る手法ですが、それを正当に使わないと、“人権侵害”にもなりかねない大きな問題をはらんでいます。MMR(麻疹・おたふく風邪・風疹混合ワクチン)、DTP(ジフテリアトキソイド・破傷風・百日咳混合ワクチン)、ポリオワクチンなどは、その有効性と社会的重要性を元に、義務接種が浸透しています。

ところが、ことHPVワクチンにはあまり明確でない点がいくつかあるのです。その一つに、子宮頸がんをはじめとする、HPVワクチンで予防可能だと言われている疾患の特殊性があります。麻疹や風疹は、口や鼻といった呼吸器からうつります。呼吸は人間が生きてゆくためにしなければならないことですから、感染経路を遮断することは難しいのです。しかし、子宮頸がんワクチンは、主に性行為によって感染しますから、特別な行為をしない限り、感染するリスクは低くなります。また、性行為をするにしても、コンドーム使用によって、HPV感染のリスクが低くなることが知られています。
HPVワクチン接種は通常1112歳の若い世代に打つことが義務付けられているので、そんな若い子どもたちの中で、全く性行為に縁がない集団まで、義務接種を課すことに対する疑問があがるのは当然でしょう。

また、当然のことながらワクチンを打つに際して、これから防ごうとするのがどのような疾患なのか、保護者が子どもたちに説明する必要があります。11、12歳はこうした行為に関して、微妙な年頃ですから、話をするのをいやがる親も子どももいるわけです。

第二に、効果の問題です。子宮頸がんを引き起こす一因として、HPV感染があります。HPV感染率が高いのは、アフリカを中心とする途上国です。HPV感染率と同様、子宮頸がんの罹患率が高いのも、途上国です。
性交開始時に約60%がHPVに感染し、90%程度は自然治癒(消失)します。残りの10%のうちの一部が、20年くらいかけて子宮頸がん(主に扁平上皮がん)を発症します。すなわち、最終的に子宮頸がんになるのはHPV感染した女性の0.1%程度と推測されています。

HPV100種類以上の型があることが分かっており、その中で子宮頸がんを起こしやすいのは、16型と18型と言われています。HPVワクチンは、これらのHPV感染を防御する能力があることが示唆されています。それ故、子宮頸がんの予防につながると期待されているのです。
がんがなぜ発生するのか、これについて明確な答えを出せる人はいません。それは、子宮頸がんに関しても同じです。HPV感染は、子宮頸がんの原因のひとつではあるけれど、HPV感染を防いだとしても、どの程度子宮頸がんの発生を抑えることができるのか、あるいは死亡率を低下させられるのかを、正確に証明することは容易な事ではありません。何しろ、がん発生には、年齢、人種、食事、喫煙、アルコール、発がん物質、遺伝子など、多種多様な因子が関わっています。まだ未知の遺伝子や発がん物質も多くあります。それ故、HPVの発がんに関するインパクトを完璧に評価することは不可能です。けれど、どの程度であるかという推論を、できる限り真実に近づけるためには、多方面からの研究が必要です。

ワクチンの効果を調べるためには、ワクチン接種群と、非接種群に分けてその後の、子宮頸がん発生率、死亡率を算出する、長期的な前向き研究以外はありません。しかし、HPVワクチンの場合は、子宮頸がんの原因となる因子が多数存在することから、純粋な効果判定は難しいと考えられます。また、効果が見込まれるワクチンの場合、打たない群に割り当てられることが、不利益を生じるという考えもあり、こうした疫学研究を行うためには、倫理面での検証もしっかり行う必要があります。Public healthインフラの欠如は、こうした大規模前向き疫学研究をする基盤がない、という弱点にも通じます。言い換えれば、確固たる「エビデンス」が得られないまま、施策がなされ、結果として、国家国民の利益に結びつかないいい加減な厚生行政が繰り広げられるのです。それは即ち、税金の無駄遣いということにもつながります。エビデンス無き政策決定が不毛であるのは、ワクチン行政だけでなく、新型インフルエンザ対策、放射線被害対策に関しても、当てはまります。

1人の患者を見つける間に、感染者100人が通過するという、極めて非効率的な水際対策で、「国内にインフルエンザを入れない」とのパフォーマンスを続けたこと、原子炉を冷却させるために、ヘリコプターで虫の涙ほどの水を撒き、国外の失笑をかったことなどを、思い出される方もいるかもしれません。
いずれにしても、HPVワクチンは2006年に始まった歴史の浅いワクチンであり、効果の見極めは、様々な疫学モデルを駆使したとしても、もう少し時間が必要であるのは明らかです。


三点目として、費用対効果に関する問題です。HPVワクチンは、ターゲットとしたHPVの型に関しては、その感染を防御する効果はありますが、その他に型に対しての、感染防御の効果は確立されていません。論文によっては、その他の型にも効果がみこまれる、という結論を出していますが、それを決定的に結論するには時期尚早といえるでしょう。
HPVワクチンのこのような弱点を補うために、子宮がん検診を併用して行う事を、WHOは推奨しています。そして、ワクチンを国策として導入している国も、このポリシーに沿っています。

ここで問題になるのは、子宮がん検診とHPVワクチンを組み合わせた時に、どれだけ子宮頸がんを減らすことができるのか、という事です。数ある悪性腫瘍の中で、子宮がんスクリーニングは最も効果的であることが分かっています。実際、子宮がんスクリーニング率の上昇は、子宮頸がんの罹患率を低下させていますので(HPVワクチン導入なしに)、スクリーニングの効果は実証されているといえます(8)。

HPVワクチンは従来のワクチンと比して高額です。例えば、B型肝炎ワクチン(日本では定期接種未導入)は約2500円で、3回接種をして7500円程度です。ところが、HPVワクチンの一つであるガーダシルは、約15000円です。ガーダシルも3回接種がスタンダードですから、5倍以上の差があります(9)。
それ故、既に子宮頸がんの予防効果が明らかなスクリーニングに加えて、HPVワクチンを導入すれば、どれだけのベネフィットが出るか、すなわち、HPVワクチン導入においての費用対効果は大きな問題となります。

さて、これまでHPVワクチンの現状と、指摘された問題点について論じてきましたが、次に、我が国特有の問題について述べたいと思います。

第一に、我が国のワクチン政策は、他の先進諸国と大きく異なっているということがあげられます。それは、WHOが世界的に導入を推奨しているワクチンの導入が、極めて立ち後れて来たという点です。これを“ワクチンギャップ”と呼びます。繰り返しますが、ワクチンはPublic healthのツールであるので、ワクチンギャップが存在することは、その国の、public healthインフラが脆弱なことを示しています。
HPVワクチンとともに公費助成になった、肺炎球菌ワクチンとヒブワクチンは、小児の感染症を予防する上で、極めて重要なワクチンです。それが、経済大国、先進国と称される我が国で、国策として導入されてこなかったのは、かなり特殊だと言わざるを得ません。

それでも、ワクチンの重要性を訴える小児科医、また、世界標準のワクチンが日本に導入されていないことによって、ワクチンで予防できる病気(Vaccine Preventable Diseases :VPD)に罹り、重篤な後遺症を家族に抱えた方たちなどが中心となって、ワクチンギャップを埋めるべく活動を続けてきました。その甲斐あって、腰の重い行政もようやく動きを見せ始め、近年、ワクチンギャップは急速に縮小しています。
しかしながら、完全に世界標準に達したわけではありません(高畑さんの表)。日本との比較として載せている欧米ですが、承認されたワクチンは、国(米国の場合は州)のワクチンスケジュールに組み込まれているワクチンが殆どです。これに比してわが国の場合は、承認はされたけれど、国として勧告しているわけではない、すなわち、所謂「定期接種」に組み込まれていない、必要不可欠なワクチンがあります。特にB型肝炎の新生児への接種は、何にも増して早急に求められるところです。また、承認はされているが、「任意接種」という形で、国が公費助成を行っていない、ロタウイルスワクチン、おたふくかぜワクチン、水痘ワクチンなども小児のワクチンスケジュールに取り込むべきものです。

これらのVPDは鼻や口と言った呼吸器、あるいは、母体などからの血液を介して(B型肝炎)感染し、後遺症、死亡などの重傷な転帰をとる感染症ですから、ワクチンが絶対に必要なのです。こうした重要なワクチンで、未だ我が国が、国として勧告していない中、HPVワクチンという新しく、かつ、感染経路が特殊である疾患に対するワクチンを優先的に定期接種にするというやり方はおかしいと思います。我が国の台所事情は豊かではなく、公費すなわち国民の税金を効果的に使うには、ワクチンの優先順位を、社会的重要性、費用対効果などの観点から、決めるべきです。

第二点として、スクリーニング率が、他の先進諸国と比して低いと言うことです。子宮頸がんの検診の実施状況、必要な人たちがどの程度カバーされているか、という数字を正確に把握することは難しいですが、OECD2007年データによれば、2069歳までの女性が子宮頸がんのスクリーニングを受けている人は、全体の23.7%です。これは、米国
84%、フランス74.9%、UK(2008)78.8%と比べて群を抜いて低い値です。子宮頸がんはスクリーニングで死亡率を減らせる数少ないがんですから、HPVワクチンもさることながら、検診率を上昇させることを、第一目標にする必要があります。なぜ、このような低い受診率を保っているのか原因を探り、どうしたら良いかを具体的に探ることが大切です。

これらの点をふまえてHPVワクチンの動態を論じてゆくことは、定期接種となった今でも、極めて重要なことだと思います。特に、ワクチンギャップの解消に地道に活動を続けられてきた専門家集団、一般の方たちからすれば、もっと優先順位の高いワクチンがあるのに、なぜHPVだけが優遇されるのか、という感情を持つのは当然ではないでしょうか。3.11直後も、国家の大行事のように、HPVワクチンの事が繰り返し報道され、HPVワクチンが至上もっとも重要なワクチンであるかのような印象を、国民にアピールし続けてきた、政府、メディアのやり方にも大きな問題があると思います。

今現在、風疹発症が昨年の3倍という、過去最悪のペースで広がっています。風疹は、VPDの代表であり、ワクチン接種による予防が非常に重要です。感染力も強く、妊婦がかかれば、それが胎児におよび、先天異常などを引き起こすことが知られています。我が国のワクチンギャップに代表される疾患でもあり、世界標準のワクチン接種を行っていない世代も多く存在します。特に、おたふく風邪ワクチンの有害反応事例報告を受け、MMRワクチンだけでなくMRワクチンすら受けていない世代が存在します。そうした世代からの発症が目立っています。こうした重要なVPDに関して、現職の厚生労働大臣が、“予算の都合で”国として積極的な公費助成を実施しないなど、考えられない事です。政府は、HPVワクチンは大切だけれど、他の重要なVPDに対するワクチンはどうでも良いのか、国民を守る気があるのか、と言いたくなります。

今まで、HPVワクチンに関する問題を述べてきましたが、今後どうしていったらよいでしょうか。私は、HPVの公費助成を継続するかしないかは、議論が必要な問題だと思っています。それは、今まで述べてきたような我が国のワクチンギャップを、健全な形で埋めてゆくためには、ワクチンの優先順位決定は、もっとも重要な問題だと考えるからです。

ところが、現在のHPVワクチンを巡る話題は、ワクチン推進派、ワクチン反対派という構図の上に成り立っています。HPVワクチンを打った後、重篤な健康問題が引き起こされ、そのうちの一部の方は、ワクチンによる有害事象であると認定されました。こうした重篤な事例は、ワクチン接種を受けた総数から考えれば、こうした有害事象は希です(10)

ここで、「数は少なくとも重篤な有害事象が存在する。費用対効果がはっきりしないHPVワクチンを定期接種として公費で負担し続けるつもりなのか?」という意見だったら理解できます。しかし、今の議論を聞いている限り、「HPVワクチンは危険だ。断種ワクチンであり、危険なアジュバントが入っているから打ってはいけない」という、アンチワクチンの極論にたった意見展開ばかりが目につきます。

私たちはワクチンに限らず、多くの物質に囲まれて生きています。その中には健康にとって有害な物質も多数存在します。私は都心に住んでいますので、ただ生きているだけでも、多数の有害な物質を吸っていることでしょう。また、食品にしても、100%安全な食材など、存在しないと言って良いでしょう。例えば、無農薬野菜といっても、農薬は使っていなくても、その土壌や水が100%安全だという保証はありません。また、よく防腐剤が入っているものは危険という人がいます。私も出来れば避けたいですが、防腐剤で防げるカビ毒は、個体を死に至らしめる危険性があります。薬も毒だから飲んではいけない、という声もありますが、科学的に合成された薬剤を使わなければ、死んでしまうこともあります。ワクチンにしても同様です。効果があるから使うのです。そして、副反応が存在しても、ワクチンの効果が有害事象を上まわれば、導入されるのです。全てはバランスの問題です。

少なくとも、HPVワクチンが断種ワクチンであり、アジュバントが重篤な有害事象の原因であるという根拠はありません。

不幸にして、ワクチン接種後、重篤な健康被害に遭われた人たちを、速やかに救済すべき事が、今、政府がしなければならない最優先課題の一つです。ワクチン被害の認定のプロセスには、大いなる大きな欠陥があり、速やかな救済のためには、そのプロセスを改善してゆく必要があります。なぜかと言えば、現在のワクチン禍認定は、「はっきりしないものは切り捨てる」という考えに基づいているからです。

ワクチンの真の効果判定が難しいのと同様に、ワクチンと有害事象との因果関係を確立するのも非常に難しく、時間がかかる問題です。本当にやろうとしたら、何十万人という被検者を募り、ワクチンを打つ群と打たない群に分け、何十年も前向きに追って、両群からの有害事象発生率の差を比較する以外ありません。

こんな手間のかかる事をやっていては、救済すべき人が救われないという事になりかねませんから、「疑わしきは救済する」という方法で、事を進めるべきと考えます。そのためには、アメリカやフランスなどで導入されている、無過失保障制度(補償を受けるためには、訴訟に持ち込まない)の導入は速やかに行われるべきでしょう。訴訟でしか、救済の道が得られないという現状では、被害者の救済がハードルの高いものであるだけではなく、必要なワクチンを速やかに導入し、接種率を上げる、という本来のワクチン行政の目的をも阻むことになります。

繰り返しますが、アンチワクチンとHPVワクチン推進派の対立という構図は、最大の問題の一つである、ワクチン被害者の速やかな救済には決して結びつきません。
感情的な議論を避けて、public healthインフラの役に立つ議論をすることが、ワクチン行政にとっても、健康被害を被った方々にとっても、もっとも有用であると確信しています。

今回のHPVワクチンに関する感情的な対立の背景として、ワクチン政策に関する責任の所在がはっきりしない、という致命的な問題があります。現在、社会的な問題となっている風疹の大流行にしても、各自治体や医師会が主体となって予防接種がすすめられています。
このように地域、医療現場の動きが活発なのは喜ばしいことなのですが、当の厚生労働省はといえば、何のメッセージも発信せず、経済的な助成すら躊躇している有様です。国際問題にも発展しかねない今回の流行に対しては何もせず、HPVワクチンだけは大々的にてこ入れする、という態度は、あまりに非科学的であり、納得できるものではありません。

予防接種に関する諸々の事項は、厚生労働省厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会というところで決められます。立て前は、審議会の委員が議論をして決めるという流れですが、実際は事務局である、厚生労働省が結論をあらかじめ決めており、あたかも「専門家に議論して決定していただいた」という隠れ蓑のために存在するのが審議会です。厚労省にしてみれば、実は全てとり、何か事があっても「専門家の決めたことだから」と逃げることが出来ます。すなわち、彼らたちが描く絵図面は、国益とは程遠いものになってしまいます。

このようなワクチンに関する無責任体制をなくすためには、冒頭に述べたACIPをわが国にも設立すべきです。ACIPは、米国疾病予防管理センター(Center for Disease Control and prevention:CDC)ならびに保健福祉省(US Department Health & Human Services:DHHS)に対して、予防接種に関する提言を行う機関です。どんなワクチンをどの時期に、だれを対象に接種するかという意見をまとめるのです。すなわち、ワクチンに関する実務集団です。ACIPは政府関係者だけでなく、ワクチンを受ける側の代表も1名含まれます。つまり、ワクチンサービスを提供する側だけではなく、利用者側からの意見が反映されるという事です。

厚労省の審議会では、ワクチンを受ける側、ワクチンを勧める一般市民、また、ワクチンによって健康被害を生じた側などは、傍聴はできても、公式な意見を言う場がありません(現在は意見を述べることができるような仕組みにすることが検討されているようですが、米国のACIPのように意思決定に加わるところまでは検討されていません)。

ACIPでは、ワクチンメーカーとの利害関係があるかどうかなどの監査も厳しく、利益誘導が持ち込まれないようなチェック機構が働いています。

我が国のワクチンギャップはまだ存在しています。これを適正に是正してゆくためにも、厚労省と真の意味で独立した組織を作り、国益と国際社会との協調を最重要課題として、国民に対して、責任あるワクチン政策を進めてゆくべきだと思います。それを厚生労働省の“使命”、と呼ぶのではないでしょうか。

201365日 脱稿

厚生労働省医系技官
木村盛世


References

(1) zur Hausen H. Condylomata acuminate and human genital cancer. Cancer Res 1976;36(2 pt 2):794
(2) Koutsky L. Epidemiology of genital human papillomavirus infection. Am J Med 1997;102(5A):3-8
(3)Bosch FX, Manos MM, Munoz N, et al. Prevalence of human papillomavirus in cervical cancer: a worldwide perspective. International biological study on cervical cancer(IBSCC) study group. J Natl Cancer Inst 1995;87(11):796-802
(6)Charlotte JH, Human papillomavirus vaccination-Reasons for caution. N Engl J Med 2008;359:861-862
(7) James C, Sara A, Michelle MM.HPV vaccination mandated-Lawmaking amid political and scientific controversy. N Engl J Med 2010;363:785-791
(8) Ferenczy A, Franco E, Cervial-cancer screening beyond the year 2000. Lancet Oncol 2001;2:27-32
(9)




_______________________
宜しければご感想等を
私宛に(@kimuramoriyoと付けて)twitterにお願いします。