2015年6月9日

MERSウイルス感染症、韓国流行をうけて

MERS(Middle East Respiratory Syndrome Corona-virus:中東呼吸器症候群が韓国の医療機関で流行しています。
あまり聞きなれない名前ですが、2012年にサウジアラビアで初めてみつかった、新しいウイルスで、2002年から2003年に流行したSARS(重症呼吸器症候群)と同じ、コロナウイルスというグループに属します。

2012年から2013年には、中東を中心に、世界で流行しました。その際、中東からの滞在者からの感染がほとんどでした。ラクダの感染症と考えられていましたが、2013年にフランスとイギリスでの症例については、限局的なヒトヒト感染によると報告されています。ヒト、ラクダの他、ブタ、コウモリなどでも感染が確認されていますが、何分新しいウイルスですので、不明なところも多いのが現状です。MERS ウイルスの生体外での安定性については、低温で低湿度の場合、48時間程、安定性(生存性)が持続するとの報告があります。http://www.eurosurveillance.org/images/dynamic/EE/V18N38/art20590.pdf

典型的なMERSの症状は、発熱、咳で、下痢などの消化器症状もみられます。重症化すると、肺炎、敗血症、臓器不全(特に腎不全)などを併発し、命を落とすこともあります。乳幼児、高齢者、また、糖尿病、慢性肺疾患、がんなどで免疫能が落ちている人は重症化しやすいので、注意が必要です。WHOによれば致死率は27%程度ということです。

前述したとおり、2012年に発見された新しいウイルスですが、今までの知見に関してまとめてみたいと思います。

もともと、通常のコロナウイルスは、決して人に感染しやすいウイルスではありません。
それはMERSウイルスに関しても同様です。しかし、今回の韓国の例からわかるように、医療機関内では、ヒトからヒトへの感染が、一般集団と比して起こりやすいことはあきらかです。それは、医療施設内には免疫能が落ちた患者さんがいるからで、こうした状態の人は容易にウイルスのターゲットになりやすいからです。過去の報告でも、 一部の小児肺炎ではその原因ウイルスになっているとされており、乳幼児についての注意喚起も必要なところです。

それでは、同じコロナウイルスであるSARS とは、広がりやすさ、重症化しやすさにおいて、異なっているのでしょうか。2002年~2003年のSARS流行から、風邪症候群を引き起こすウイルスと同じように飛まつ感染という形式で広がりを見せることがわかりました。飛まつ感染とは、咳やくしゃみなどの”しぶき“内にあるウイルスが、他人の口や鼻の粘膜から入り込み、ウイルスが増殖をはじめることです。この感染症式に関しては、MERSウイルスもSARSウイルスも同じです。重症化のしやすさを示す一つの指標である致死率は、SARSが9.4%と報告されていますので、MERS の方が現状では高いことになります。
MERSは、ヒト、ブタそしてコウモリ等の間で、種を超えて容易に感染することが明らかにされており、SARSのコロナウイルスが、流行時にすでにコウモリに対する感染力を失っていたことと比較し、この点で大きな違いがあります。何を意味するかというと、仮にヒトでの流行が収束した後でも、他の動物の間で感染が受け継がれ、数年を経て、再度、ヒトに感染する可能性があるということです。

それでは、ヒトへの広がりやすさはどうでしょうか。
医学雑誌The Lancetの2014年1月号に掲載された論文では、MERS ウイルスが、患者1人が感染させる強さ(Reproductive number、Ro)は、0.8~1.3価の範囲内であり、1価(1人の患者が、別の1人に感染させる力価)を大きく上回ることはないと結論付けて、感染力がそれ程強くないと評価していました。この値はSARSもほぼ同様と報告されています。

しかし、2014年12月に発表された論文では、Roについて、もう少し高めの評価となっており、致死率も考慮すると、SARSウイルスに匹敵するか、もしくは、それ以上広がりと重症化を想定する必要があると結論されています。


また、MERSの場合の感染拡大の場としては、今回の韓国での流行と同様、医療機関での患者との接触、医療従事者を介した感染というのが、今までの例でも指摘されています。それ故、我が国でも、医療機関での感染拡大に関して、十分に備える必要があります。

現状の対策下では、検疫所による水際強化が主ですが、以上の知見を見る限り、国内発生に備えて、医療機関に対する注意喚起の徹底など、国内体制の構築を早急に進める必要がある事を、痛切に感じます。