2010年6月15日

HIVスクリーニングは医療従事者の感染を防げる?

患者負担でHIV検査 院内感染防止で聖隷横浜病院

 横浜市保土ケ谷区の聖隷横浜病院(300床)が、院内感染予防を目的に、エイズウイルス(HIV)の感染の有無を調べる検査を入院患者のおおむね全員に患者の自己負担で実施していたことが10日、分かった。厚生労働省の「一律的な検査は不適切」との指摘を受け、該当者約五千人に検査費を返金する。

 同病院によると、HIV検査は未成年者を含む入院患者のおおむね全員に同意を得た上で実施した。治療目的ではないため、検査費約1300円は保険適用外となり、全額を患者の自己負担としていた。該当する患者数は、3年間で少なくとも約五千人に上るという。

 厚労省関東信越厚生局神奈川事務所が今年1月に行った調査で「半強制的になっている可能性がある」と指摘。自主返金と事実の公表を促した。

 病院側は「医療従事者への感染予防に成果があった。同意を得ていたが、検査費は病院で負担すべきだった」と指摘を認めているが、これまで事実関係を公表していなかった。公表が遅れている理由については「該当する患者数の調査に時間がかかった」と説明している。

MSN産経ニュース 2010.6.10



今回はHIVスクリーニング検査の記事について
考えてみたいと思います。
HIVはHuman Immunodeficiency Virusで
AIDS(Acquired Immuno Deficiency Syndrome)を
引き起こすウイルスです。

日本のHIV感染者は1万7千人以上いると
考えられていますが、
新しく感染する人は2006年度で、約1500件です。
http://www.yaaic.gr.jp/yaaic/centerinfo/808.html

これは、世界的に見ると多い数字ではありません。
しかし、日本は主要先進国の中で、
HIV感染者ならびにAIDS(AIDSとはHIV感染して、
白血球の1つであるTリンパ球が減り、
カポジ肉腫、カリニ肺炎、結核などの病気を併発した時に
付けられる診断名です)の新しい患者の数が、
主要先進国の中で増加している国だという事を
ご存じでしょうか。

この状況を考えると、HIV感染については
国が積極的に対策をとってゆかなければならない病気の一つ
だということがわかります。

 

今日の記事の内容は、
病院がHIVの院内感染を予防するために、
患者の同意を得て自費でHIVスクリーニングを検査させた、
というものです。

ここには2つの問題があります。
第1に、HIVのスクリーニングは
「職員への感染予防として必要なのか」どうか。
第2に、この検査は「自費ではなく健康保険で支払われるべきなのか」
ということです。


まず、病院内でのHIV感染についてですが、
HIVの院内感染は極めて少ない、
言い換えれば、とても稀だということです。
これに関してはAIDS/TB Committee of the Society for Healthcare Epidemiology of America が
ガイドラインの中で説明しています。
http://www.journals.uchicago.edu/doi/pdf/10.1086/650298  

また、HIVスクリーニング検査は「早期診断」のため、
というのが国際的な理解であり、
「医療従事者の感染予防になる」
という名目でスクリーニング検査をしているのは、
日本意外にお目にかかったことがありません。


そしてお金の問題ですが、
全例スクリーニングには莫大な費用がかかりますから、
疫学的にみて意味があるかどうか
(費用対効果分析も含めて)という議論が必要です。
議論するためには当然元となるデータが必要です。

米国CDCは、医療機関で受診する患者のうち、
疫学的にスクリーニングに意味があるのは、
13-64歳であることを2006年の勧告で付け加えました。
この年代ではスクリーニングにより
HIVを早期発見して治療をすることが有効であると
疫学的データをもとに、判断したのです。
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5514a1.htm


しかし、このスクリーニング検査も、
あくまでも「早期診断」のためであって、
医療従事者の院内感染予防、ではありません。
いったい院内感染予防の概念がどこからわいて出たか不思議です。

日本の献血者でのHIV陽性者数は、
1年間で、10万人あたり2人(0.002%)ですから、
無症状の人に、病院に来たから検査を受けましょう!
といっても費用と効果のバランス(費用対効果)が
とても悪いことが分かります。
ですから、これをすべて健康保険でまかなうのは
無理があります。

輸血前後の検査は
HIV感染症被害を救済するために
厚労省が積極的に勧めています。
最近アメリカでは救急外来や入院時の受診者に
スクリーニング検査が開始されました。
日本では手術前医学管理料に含まれています。


こうして見ると、HIVスクリーニングを
「医療従事者の感染予防」としてルチンとすることには
問題があると言えます。


しかし、もっと大きな問題は、
何故このような事例が持ち上がったか、
という背景にあります。
HIVに限らずスクリーニング検査を
1.何の目的で
2.どんな疫学結果に基づいて
3.どれくらいの予算を投入するのか
という明確な説明付けが必要です。
これが、すなわち国の対策方針になります。
ですから、HIVスクリーニングは
各病院が自由に方針を決めて行うものでなく、
国の方針のもとに行うべきものです。


ところが、HIVスクリーニング検査は、
各病院ごとの考えで行われている、というのが現状です。

なぜこのような状況になるのでしょうか。
それは、日本におけるHIV対策全般が、
何の目的で、どんなデータに基づいて、何を行うか、
という最も大切な部分が抜け落ちているからなのです。
公衆衛生という概念が
この国に根付いていないということ示す、典型例です。

もし、「医療従事者の感染予防のために、
患者のスクリーニングが有効」というのであれば、
疫学研究でこの有効性を立証させることを
先ずやらなければなりません。


公衆衛生とは患者個人の健康問題ではなく、
国家国民というマスを対象にします。
今までこのブログでも、ワクチンやスクリーニングの有効性など、
公衆衛生対策の代表例について論じてきましたが、
今回のHIVスクリーニングも同様の問題に突き当たります。

ワクチンやスクリーニングは手間も費用もかかります。
すべては税金からねん出されます。
貴重な税金が正しく使われているかを監視するためにも、
厚労省だけでなく、私たち一人一人が、
公衆衛生の知識をもって物事をみることが大切ですね。

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夏の花、芍薬があでやかです。


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